あらすじ
臨床心理士のクリスティーヌは、触れただけで人を殺してしまったという、不可解な殺人事件の容疑者を尋問するため警察を訪れる。その男はノルウェー系アメリカ人のエリック。5年前に親戚を訪ねて入国したものの、火事現場の「農場」から逃走し行方をくらましていた人物だった。
尋問中、彼の人智を越えた能力を目の当たりにしたクリスティーヌは、その力のせいで彼が隠れるようにして生きたことに気づく。
クリスティーヌは彼を救う決意を固め、危険を侵してエリックとともに、力の正体を探るべくすべての発端となった「農場」に向かう。しかし、アメリカ政府とノルウェー警察が二人を追い包囲網を巡らせていた……
『ジェーン・ドウの解剖』『トロール・ハンター』のアンドレ・ウーヴレダル監督による、北欧神話をモチーフにしたSFファンタジー。
2、3年に1本くらいの割合で「他の奴らがなんて言おうと、おれだけはお前のこと一生愛し続けるからな」みたいな映画に出会うことがあります。
2019年に出会った『プロスペクト』もそうでした。
そして2021年。来ました、「おれ愛映画」が。
他の人にはどうかわかりませんが、わたしにはこの映画、
ド傑作中のド傑作です。
SFミステリー×北欧神話ファンタジー!
すでに予告編やレンタルソフトのジャケで盛大にバラしてるのではっきりと言っちゃいますが、こちらは北欧神話、とりわけ「トール伝説」をモチーフにしています。
トールとは、北欧神話の主神オーディンの息子で雷の神様。ハンマーの形をした最強の武器「ミョルニル(ムジョルニア)」を持ち、次々に敵を打ち負かしたとされる軍神です。かつてはヨーロッパの広い地域で農耕の神様としても崇められていました。
神々とその敵である巨人たちの最終戦争「ラグナロク」で、巨蛇ヨルムンガンドととの死闘の末、相討ちによって死亡したとされています。
アベンジャーズの一員である「マイティ・ソー」としてもお馴染みですね。(ThorソーはTorトールの英語読み)。
2020年にはトールの息子「マグニ」をモチーフにした人物が主人公のティーンドラマ『ラグナロク』がNetflixで配信されています。
Ragnarok | Netflix Official Site
映画やドラマでもたびたび登場する、北欧諸国では一般的によく知られている神様の一人です。
そんなトールがもし現代によみがえったとしたら……?というのがこの映画なんですね。
謎の男の正体を探るミステリーが北欧神話ファンタジーにシフトしていき、『ジェーン・ドウの解剖』や『トロールハンター』同様、伝承や伝説をベースにそれを現実に置き換える手法で描いていくのです。
これが、面白くないはずなかろうて!!
しかもそんな荒唐無稽SFファンタジーに「怪物(になってしまった人)」の悲哀と葛藤といった要素も織り込まれ、クライマックスには感情が高ぶって「うぉおおおお!」と雄叫びをあげてしまったほど。もうね、オチまで完璧ですよ。ほんと素晴らしいです。まじ最高(語彙力)。
「実は○○の生き残りor生まれ変わりだった」的な英雄復活譚でもありますが、異能者が「約束の場所」へ向かう逃亡劇がメインのロードムービー的な部分もあって、話の感じは『ミッドナイトスペシャル』や『スターマン』なんかに近いかなーとも思います。
また、レビューなどでよく引き合いに出されている『X-MEN』や『クロニクル』『ブライトバーン』のようなダークな超能力もの、といった雰囲気でもあります。
北欧神話やファンタジーがお好きな方はもちろん、超能力SFが好きな方には特におすすめです。
やっぱり素敵なノルウェーの森
映画はノルウェーの大自然からはじまります。湖、雪山、森……そこを、小汚ないバックパッカーのような格好をした一人の男がふらふらと歩いてきます。
髪はボサボサ、服はボロボロ。まるで怯えた獣のような目で震えながら夜を明かします。
しかし悪夢を見て目覚めると、周辺の木々が燃えている。彼の足の脛にも大きな火傷の痕が……。
もう、この序盤のシーンでがっちりと心をつかまれてしまいましたね。
わたしは森とか自然とかが舞台の映画が基本的に好きなんですけど、北欧映画の灰色がかった空と湿り気があって苔むした森の雰囲気が特に大好き。
何かとんでもないことが起こりそうな、神秘的で畏れを感じさせるオープニングです。
随所でインサートされる山や自然の空撮もすごく良い。ノルウェーの壮大な景色も、主役のひとつじゃないかなと思いますね。
エリックが力を爆発させるハダンゲル橋(オスロとベルゲンを繋ぐ大きなつり橋)のシーンも圧巻で、「最も女性的なフィヨルド」とも言われている美しいハダンゲンフィヨルドのロケーションも相まって荘厳なシーンになっています。
撮影はだいぶ大変だったみたいですけど。
また、天気を操ることのできるエリックが森の中でクリスティーヌの頭上だけを晴れにするシーンがあるんですけど、夜景もビル郡も花火も海も興味ないわたしには、とてもロマンチックに見えました。
クリスティーヌはどうやら過去にもエリックと同じような「普通の人とは違う力を持つ人」と接したことがあるようで、詳しくはわからないけど「信じてあげればよかった」と泣いていた様子からその人は自死を選んだのではないかと思います(超能力というより霊感だったんじゃないかと。シックスセンス的な?)。
だから、過去の患者と似たような境遇(誰からも理解されない力がある)のエリックを同じ目に合わせたくない、という一心から、彼を手助けしていことになるわけです。
まぁ、そんな二人が恋愛関係になるのはちょっと強引さも否めないんですけど、逃亡者として追われる=日陰者となった二人に陽が当たる、という意味もあって素敵なシーンだったと思いますね。
死に行くもののラグナロク
タイトルの「モータル(mortal )」とは、「死ぬ運命にあるもの」すなわち「神(God)」に対する「人間(Human)」の意味合いで使われる言葉です。
エリック(神)に対してのクリスティーヌたち(人間)でもあると同時に、人間でありながら神の力を持ったエリックそのものを指しています。
劇中、エリックが神の力を持っていると気づいたアメリカ側の捜査員(演じているのが黒人女性というのがまたなんとも含みがある)が「彼の存在が知られたら、キリスト教徒もイスラム教徒も大混乱に陥る」と言いますが、それはすなわち彼の「奇跡」を目の当たりにした多くの人々がトール信仰に向かうのではないか、と危惧しているわけです。
そしてそれは当然、現実のものとなります。人間は短絡的なのでね。
しかし畏怖は恐怖となり、彼女はエリックを殺害しようとする。しかし傲慢なmortalの企みは成就するどころか、救世主を破壊神に変えてしまう。人間の自業自得……いや、あるいはそれさえも、神の思召だったのかもしれません。
北欧神話によれば、ラグナロクの前に「フィンブルの冬(フィンブルヴェト)」と呼ばれる混沌の時代が訪れるとされています。
世界に闇が広がり、天変地異と争いが各地で起こり、人々のモラルは崩れ去るのです。……まさに現在がその「フィンブルヴェト」なのではないでしょうか。
トールの帰還と復活は、終焉の予兆に過ぎないのかもしれません。そしてもちろん、今回のラグナロクで滅びるのは神々ではなく、「mortal」である人間です。
mortalであるエリックの怒りのいかづちによって、愚かなあやまちを犯したmortalたちは滅び去るーもしかしたら、これほどの「祝福」はないかもしれない。そんな破滅的な喜びを思わせながら、映画は終わります。
わたしたちは、その滅びを甘んじて受け入れなければならないところまで来ているような気がするのです。
というわけで、まだまだ書きたいことはあるのですが、これ以上わたしが何を言ってもこの映画の魅力を伝えられないと思いますのでもう終わりにします……。
とりあえず、
ユグドラシルゥゥウ!!o(`Д´*)oウォォオ
ムジョルニアァアア!!!o(`Д´*)oウォォオ
って感じの映画なので、ほんと、観て損はないよ!!(伝われ!)
作品情報
- 監督 アンドレ・ウーヴレダル
- 製作年 2020年
- 製作国・地域 ノルウェー
- 出演 ナット・ウルフ、プリヤンカ・ボース、イーベン・オーケルリー