あらすじ
合唱団の指揮者をつとめるハットラにはもう一つ、裏の顔があった。それはアルミニウム工場の送電線への破壊行為を繰り返す、世間を騒がす環境活動家「山女」であること!警察も「山女」探しに本腰を入れはじめた頃、ハットラは念願の里親申請に通過したと知らされる。
意思を貫き孤独な闘いを続けるべきか、それとも長年の夢のために大人しくいるべきか。選択を迫られた彼女が取った、驚くべき行動とは…!
あの『馬々と人間たち』のベネディクト・エルリングソン監督の最新作!
何が「あの」なのかわからない人は以下のわたしの感想でもどうぞ。
『馬々~』もタイトル通り馬が主役のシュールで独特な雰囲気のオムニバス映画だったんですが、本作『たちあがる女』もシュールなのは変わらず、でもちゃんと人間が主役の人情話になってましたね。いやほんと、人間ドラマというより人情話ですよ(笑)。
絶対異論はあると思うんですが、ラスト付近の強引さは何となくインド映画を思い出しました。…だから異論はあると思うって言ってんじゃん(笑)。
グローバル化、地球温暖化、少子高齢化。さまざまな社会問題を内包してはいますが、独特のユーモア溢れる語り口によってその辺のメッセージ性は幾らかマイルドになってます。全体的にバランスが良くてとても観やすいです。
ただ、男女平等や再生可能エネルギーの運用も進んでいて、のどかで平和なイメージのあるアイスランドでも、経済の呪縛からは逃れられない…そんな皮肉が込められているようにも感じました。
サントラオブザイヤーに決定!
とにかくね、素晴らしいのは音楽の入れ方。ほんとこれだけは大好きすぎました。
雰囲気だけでも知りたい方はこちらをどうぞ。
主人公ハットラのうしろに鍵盤、管楽器、打楽器の演奏者がいて、音楽を演奏しています(とぼけた音色がまたいい)。後にここに養子の故郷、ウクライナの民謡を歌う女性3人が加わるんですが、これは映画のサントラでもあるわけですね。そして彼らは音楽を演奏するだけではなく、カメラ目線になったり登場人物を追いかけたりするんですよ。でも登場人物と直接交流するわけではない。ここが面白い。
ヘッドフォンで音楽を聞くとバックにバンドが現れるとか、音楽劇(ミュージカル)なんかでは時々あるかなと思うんだけど、『バードマン』のドラムも近いものがあったかもね。
こういう演出、映画用語的にはナントカって呼び方があるのかもしれないけど、わたしはこれを「人生のサウンドトラック」と呼んでいます。
そしたら、監督もインタビューで同じこと答えてた!
劇伴バンドが主人公と共演?音楽演出にフォーカスした「たちあがる女」本編映像(コメントあり) - 映画ナタリー
わたしは、これは本当に大事なことだと思っていて、むしろ「人生のサントラ」が生活を豊かにするとまで思ってます。本作で、改めてその思いを強くしましたね。というわけで本作、今年のサントラオブザイヤーに決定です。
この演奏者がまたコミカルで、「えっそこ?」みたいな所から現れたりするし、突然演奏を止めたり、ハットラの行動に戸惑ったりする表情もほんと愛らしいんですよ(3人ともおじさんだけど)。彼らが出てくるだけでもうほんと楽しい。
監督の前作やアイスランドや北欧映画の雰囲気がお好きな方はもちろん、音楽映画好きな方にも観て欲しいです。
あと、アイスランドでバックパック旅行者はいろいろ危険ということがわかりました(笑)。
以下ちょっとネタバレ。
戦う女は、美しい?
邦題は「たちあがる」なんて生ぬるい表現になってますが、原題は『woman at war』。「戦う」女なんですよね。
わたしもあらすじで「環境活動家」なんて生ぬるいこと書きましたが、はっきりいってね、テロリストですよ(笑)。送電線をショートさせるのはまだしも(?)鉄塔を爆破されるとこまで行ったらね、テロ行為以外の何ものでもないですわ。
彼女は彼女なりの意思と使命感をもって行動しているけれど、決して強いわけでも美しいわけでもない。逃げ惑う時にも羊の毛をかぶって泥だらけになったり、水浸しになったりする。
この映画でいいなぁと思ったのは、そういう強硬な手段に出るハットラを過度に美化しているわけではないといところなんですよね。
その反証として双子の姉アウサがいる。彼女はヨガ講師でスピリチュアルなものを信じる反面、現実的でもある。スイミングプールでハットラと意見が衝突した際、ハットラの方が明らかに分が悪かったですよね。
そして結局ハットラは、自分のミスで警察に捕まってしまう。多くの人に迷惑もかける(バックパッカーとか(笑))。
だけどね、意思を貫く人には必ず支援者が現れるものなんですよ。
ハットラを養子の待つウクライナに逃がすため、一度匿ってくれた「いとこモドキ」が電気を遮断し、アウラが身代わりに入れ替わる。
この強引なオチは、美談だと思う人もいる反面、モヤっとする人もいるかもしれないなぁと思った。でもわたしは、そこが「人情」だなぁ、と思ったんですよね。
そして多分、ハットラの闘いはそのまま、アイスランドの女性の闘いの歴史でもある。彼女たちの現在の地位や権利は闘って勝ち取ったものなんですよね。
そしてその「闘うこと」と「母になること」を、映画では同列に扱っている点も、興味深いところでした。
皮肉の効いた美しいラストカット
そして素晴らしいのはラストカット。
姉と入れ替わり、「アウラ」として養子となる女の子に会ったハットラ。ところが大雨による洪水でバスがストップしてしまい、水浸しの中を歩くはめになるのです。
ラストカットは、水の中を行く下ろされた乗客と、養女を抱えたハットラ、そしてもちろん、その後ろには「人生のサントラ」を演奏する音楽隊(笑)の姿があります。
この意味深なラストシーンが、わたしはとても美しいなと思ったの。
もちろん水浸しの状態を温暖化とイコールで繋げることもできるし、そこに皮肉が隠されているのは明らかだと思う。
でも、そんな状態でも子どもを抱き抱えて前に進むハットラこそが「woman at war」なんじゃないかと思ったんですよね。彼女は決して諦めない。いや、彼女だけじゃなく、「人」は諦めない。
そんな希望のようなものを、ラストカットに感じたんですよね。
ちなみに「いとこモドキ」の件は監督も経験があることなのだそう。アイスランドは人口も少ないし、ルーツを辿ると親戚ということも珍しくないそうです。
映画『たちあがる女』 監督に聞いたアイスランドの魅力と製作秘話 | LifTe ~北欧の暮らし~
それから、アイスランドって名字がないんですよね。例えばヨハン・ヨハンソンの「ヨハンソン」は父親の名前に息子の意味の「ソン」を付けてるだけで一般的な姓ではない。(娘の場合は「ドッティル」)
そんな命名制度からも、「家」よりも「人」とのつながりを大切にする国民性を、わたしは感じます。
そんな国のハットラが、ウクライナ(「環境」という点から見るとまたいろいろな憶測もできる…)の子を養子にとる。後ろに「人生のサウンドトラック」を引き連れて…。
例え地球が海に沈んでも、そのつながりだけは絶対に消えないのです。きっと。
作品情報
- 監督 ベネディクト・エルリングソン
- 製作年 2018年
- 製作国・地域 アイスランド、フランス、ウクライナ
- 原題 KONA FER I STRITH/WOMAN AT WAR
- 出演 ハルドラ・ゲイルハルズドッティル、ヨハン・シグルザルソン、ヨルンドゥル・ラグナルソン