あらすじ
富士山の近くで暮らす天沢響(山田杏奈)は、幼なじみの引っ越し先の新居の軒下から奇妙な箱を見つける。それは富士の樹海に捨てられた者たちの怨念が込められた呪いの箱「コトリバコ」だった。
その頃から、元々「この世ならざる者」が見えていた響は以前にも増して不気味な現象に悩まされるようになる。
響の姉・鳴(山口まゆ)は妹の言動を妄想だと考えていたが、姉妹と関わった者たちが次々に謎の死を遂げたことで、すべての元凶は「コトリバコ」と都市伝説の心霊スポット「樹海村」にあると考えるようになる。そしてそれは、自殺した母親との記憶にも繋がっていると気付く。
鳴は呪いの連鎖を断ち切ろうと「コトリバコ」を返しに樹海へと入るが……
「恐怖の村」第二弾!
『犬鳴村』に続く東映のホラー映画企画「実録!恐怖の村シリーズ」の第二弾!ドンドンパフパフ~!
わたしは都市伝説や心霊スポットなどにはとんと疎くて、心霊系YouTubeとかも見たことないのでその辺りはさっぱりなんだけど、それでも、前回の『犬鳴村』も本作もすごく楽しく観られました。
基本的に今回も話の展開はほぼ前作をなぞるように作られてて、
①YouTuberが心霊スポットに潜入するが異変が起こり、YouTuberが死ぬ
②YouTuberと何らかの関わりがある人物が主人公
③そしてその心霊スポットとも深い関わりがある
④謎を解くため心霊スポットに入る
⑤クリーチャー( )登場
という流れ。
今回はダブル主演ということで、となりのトトロのように元は一人だった女の子を二人にしたのかな?みたいな姉妹が主人公となっています。(いや、ただ単にわたしが若い俳優さんの区別がつかないだけか……(;´∀`))
どうやら犬鳴も本作も「前半はいいけど後半は……」みたいな論調が主流のようなんですが、わたしはむしろどちらも後半が好きなんですよね。
あんまり「ホラーじゃない」みたいな言い方は好きじゃないんだけど、純粋なホラーとしてというよりも多分「ダークファンタジー」のような感覚で観た方が楽しめるんじゃないのかなぁと思いました。作品の重要な小道具である「コトリバコ」がそもそもダークファンタジーぽい。
VFXや特殊メイクにもかなり力が入ってて、その辺も見どころのある作品なんじゃないでしょうか(まぁ、幽霊は完全に人なんで、そこは笑ってしまうのだけれど……)。
個人的にはね、今年のベストに入れてもいいんじゃないかなってくらい、お気に入りです。
「樹海(画像はイメージです)」で作られたような映画
タイトルこそ「樹海」村ですが、実際には「青木ケ原樹海」では撮影の許可が下りず、ロケ地は静岡県の森。なのでいわゆる「樹海」とは別の場所なんですね。
でも、そこはあまり問題ではないです。富士の樹海、と聞いてわたしたちが思い浮かべるイメージ、つまり「自殺の名所」であることを共有しているということがまず前提としてあるんですよ。
最近は自治体のイメージアップ運動や数年前の森ガールやトレッキングブームがあって、かつてほど「樹海=怖い」ではないようにも思うんですが、そこに漂う「禍々しいイメージ」が大事なんですよね。
逆にいえば、その「禍々しさ」が理解できないと、対して面白くもないかもしれないなとも思う。一応「Seaside Forest Village」という英題がついてますが、たぶん「Forest」と「樹海」って、言葉に対するイメージが全然違うんじゃないのかなぁ、と思うんですよね。
作中、樹海を「神の森」と言っていましたが、これね、よくよく考えたら面白いなぁと思って。神様のいるところ、すなわちものすごく「神聖な場所」ってことじゃないですか。それでいて、自殺の名所や口減らしの遺棄現場にもなってものすごく「穢れ」てもいる。
不浄と清浄が混在している場所なんですよね。
だからこそ、「禍々しい」。というのがわたしの「樹海」の理解なんです。
それを踏まえて見ると、本作のあのラストの持って行き方はすごく良いんじゃないかと思うんですよねぇ(まぁ、あれに苦言を呈している人の意見もわかるけど……)。
醜さと不吉さがある一方で、美しくて神々しく、逆説的に生命力に溢れてもいる。
わたしは『ザ・ハロウ 侵蝕』ってイギリスの森映画が大好きなんだけど、あのラストに匹敵するくらい美しいラストシーンだったと思いますよ。
以下、ラストのネタバレあり。そして毎度のことながら大したことは書いてねぇです。
箱はどこから来たのか
実は「コトリバコ」って都市伝説をわたしは全然知らなくて、以前テレビの「ほんとうにあった怖い話」かなんかで「古い蔵に腕の入った箱があった話」を見たことがあって(その箱は持ち主に繁栄をもたらすやつだった)、その逆バージョンなのかなーと思いました。
どちらも「呪い」にはかわりないわけですが、そもそも、じゃあ「呪い」って何なのよ、ってことなんですよね。
呪いとは、「人の思い」だとわたしは考えています。
國村隼が「誰にもわかってもらえない、という思いがどこに行くのかわかるか」と言ってましたけど、その「思い」こそが「呪い」なんですよね。
映画序盤、鳴が幼なじみに片思い(もしかしたら以前は恋人同士だったのかもしれない。めんどくせーな、男女の幼なじみって┐(´д`)┌)していて、別の女とのデキ婚を快く思っていないことが度々示されます。
要はあの場所に「コトリバコ」を運んできたのは、彼女なんですよね。
鳴が樹海から直接持ってきたところが描かれているわけではないけれど、彼女の強い思いが、再び箱を呼び寄せてしまったのは間違いないでしょう。
今度は呪われる側ではなく呪う側として。
つまり、彼女が生き残るのは至極当然なわけですよね。鳴が今回の呪いの発端なわけだから。
統合失調症患者の(とみなされている)響の方が村に取り込まれてしまうというラストは、「樹海村のシステム(=不都合なもの、人を排除すること)を肯定している」と言いたくなる気持ちも理解できなくもないんだけど、それよりも「人を呪わば穴二つ」的なことなんじゃないかなー、って意味で、わたしは全然引っ掛からなかったのよね。
しかもこれは多分、鳴と響の母親のところに箱がやって来たのもおそらく似たような経緯だったんじゃないのかなと思います。
(母親のところに箱を持ってきたのはおそらく義母なのではないかな~)
輪廻のように巡りめぐってどこまでも付きまとうもの、それが呪いなのでしょう。
呪いの再生産
昔「学園七不思議」というアニメで、「呪われてる」と噂されている非常階段の回があって、わたしはそれがめちゃくちゃ怖かったんですよ。
元はなんでもない場所であったのに悪い噂が広がることで負のエネルギーが溜まっていき、本当に心霊スポットになってしまう、という話で、それって今でいう都市伝説の類いのことですよね。
何か不幸な事件や事故があった場所に向けられた「呪われている」という言葉が、ほんものの呪いを引き寄せてしまう……。わたしはこれを、呪いの再生産と呼んでいます。
結局、樹海を「樹海たらしめている」のは場所や現象ではなく、人なんですよ。それこそが森の、あの土の養分になるんです。
今の時代、その再生産に一役買っているのが、言うまでもなくインターネットであります。
ここでは今日も、新たな呪いが産み出され渦巻いている。この構造が続く限り、しばらくはこの東映のシリーズもネタが尽きることはないでしょうね……。
とまぁ取り留めの無いことを書いてしまいましたが、とにかく、言えるのは
やっぱり森っていいなぁ……
ってことです。
コロナが落ち着いたら樹海にトレッキングしに行きたいな。(なんだこのまとめ方笑)。
追記: てか「母親の統合失調症が子に遺伝している(のかも?)」系の話、今年もうこれで3作目だな。流行ってんのか?
作品情報
- 監督 清水崇
- 脚本 保坂大輔、清水崇
- 音楽 大間々昂
- 製作年 2021年
- 製作国・地域 日本
- 出演 山田杏奈、山口まゆ、神尾楓珠、倉悠貴、工藤遥