あらすじ
命綱なしで断崖絶壁をのぼるフリーソロクライミングの若き俊英アレックス・オノルドは、2017年6月、ヨセミテ国立公園にある一枚岩「エル・キャピタン」踏破に挑もうとしていた。撮影クルーは彼の挑戦に密着し、その成功を見守るが…。
第91回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞受賞作。
ドキュメンタリーが苦手な方も是非!
「こりゃすげぇや」って映画でしたね。
こんなことやってる人も「すげぇや」だし、こんな映画を作ったとことも「すげぇや」でした。
雄大な大自然が迫る映像は終始圧巻。
実はわたし、登山が結構好きなので、岩場とか観てるだけでも楽しくて(高所恐怖症なのでロッククライミングはしたことないけど)、アレックスがクルーと絶壁の岩場を歩いていくシーンとか、それだけで大興奮でした。映画館の大画面で観れてよかったです。
ただ終盤はほんとに、目の前で見ているものが非現実的すぎて、逆にCGなのでは?なんて疑いたくなるレベル…(笑)。それくらい常軌を逸しています。
わたしはそんなにドキュメンタリーは観てないんですが、おそらく年に一度あるかないかの傑作だと思います。年間ベストに多分入りますね、これ。
映像ももちろんすごいんですけど、編集と演出が巧みで時々劇映画かな?と錯覚するくらい(そもそもアレックス・オノルドの存在じたいかなりフィクションぽい)。
なので、「ドキュメンタリーはちょっと…」て方も見易いと思いますね。あとドキュメンタリーって音楽によって出来が左右されるくらい重要な要素だと思うんですけど、その点もほんと素晴らしかったです。
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音楽は『ワールドウォーZ』や『ローガン』『クワイエット・プレイス』のマルコ・ベルトラミ。記録映画としては若干かかりすぎなのかもしれませんが、わたしとしてはこれくらいがちょうどよかったです。要所要所で自然の壮大さを盛り上げてくれていましたね。
ノンフィクションの本質
あとこの映画、フォーカスしているのはもちろんクライマーのアレックス・オノルドなんですけど、実際にドキュメントされているのは撮影者の方でもあるんですよね。
当然だけど、ドキュメンタリーの制作者というのは決してただのカメラマンというわけでなくて、能動的な「作者」なわけですよ。被写体を通して自分自身を撮っているんです。構造的には私小説に近い。
本作でも途中からその方向性にシフトしていって、撮影者も立派な被写体・対象者になる。すると観ているこちらは彼らと一体となって「アレックス・オノルドを見る」ことになるんですよ。
終盤、カメラマンの一人がカメラから目を背けるシーンがあるんですね。これ、普通に考えたら撮影者としては失格なわけですけど、この行動が実にリアルで、本作『フリーソロ』の中では正しい行動なんです。
撮らなきゃいけないけど、撮りたくない。
そしてこれは観客の気持ちとまったく同じ。
見届けたいけど、見ていられない。
この葛藤と緊張感が、本作を唯一無二のものにしていると思いました。
危険を冒す男のドキュメンタリー映画と言えばフランスの曲芸師フィリップ・プティの『マン・オン・ワイヤー』がありますが、その偉業を劇映画化したロバート・ゼメキスの『ザ・ウォーク』のように、いつかアレックスもフィクション映画化される日が来るかもしれませんね。
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以下ネタバレ…ていうかノンフィクションにネタバレもくそもないけど。
アレックス・オノルドという男
本作はまず、主人公であるアレックス・オノルドの実像に迫っていきます。
彼のクライマーとしての活動や講演、インタビューの発言を切り取り、彼のことばによって生い立ちやプライベートが語られていく。
シャイで友だちの少なかった子ども時代のアレックスは、一人でストイックに自分を高められるクライミングと出会い、のめり込んでいくんですね。
印象に残ったのは、アレックスと家族の関係について。「家族はハグをするような習慣はなかった」と言い、父は感情を表に出すことが少なくいつも不機嫌だった、母からはほめられたことがほとんどない、と語る。
離婚した父と母へ複雑な感情を抱えていたりしている(父親への認識が微妙に母と食い違っていたり)。
恋人との関係もクライミング優先。「彼女との関係は特別」と言っておきながら「これから先いろんな人と付き合うかも知れないけど~」とか平気で言う(笑)。
ちょっと子どもっぽくて憎めない、かわいい人なんですよ。ほんと笑顔もキュートでさ、なんだかよくわからない料理を作ってフライパンから直食べするのもサマになるし(笑)、アレックス・オノルドという男の魅力が満載なわけ。この前半があって、すっかり彼のことを好きになってるわけです。
多分わたしがそう思ったのは、撮影クルーもクライマーでアレックスとも友人なので、そんな気持ちで撮っているからなんだろうなと思います。あれですよ、主演女優と付き合ってる監督がやたら魅力的に撮っちゃう、みたいな。
だから最初のアタックで「今日はやめる」と言った時は少しほっとしました…。その後恋人サンニと家を買って(クライミングのためにずっとキャンピングカーだったのに!)暮らしはじめて、コーヒーを淹れたりしてるのを見てるともう微笑ましくてさぁ、むしろ「このまま終わってくれ…!」なんて思ったりもして(笑)。
それじゃ映画にならないので、エル・キャピタン踏破に向けて準備は進んでいくのでした。
そういえば、アレックスがMRI検査を受けるのも興味深かったですね。結果としては脳は正常で「強い刺激にしか反応しない」ということがわかるんだけど、これ、ホラー映画ばっかり観てる人もそうなんじゃ…とか一瞬思った(笑)。
そこに「JOY」があるから
こんなこと言うと語弊があるかもしれないんだけど、フリーソロはね、広義の自殺なんじゃないかと思うわけですよ。
実際に滑落で命を落としたクライマーが多くいるわけで、それでもなぜ、あえて、「フリーソロ」にこだわるのか?
自分への挑戦、限界への挑戦、そこに岩があるから…いろいろ理由付けはできるんでしょうが、無謀とも思えるその挑戦は彼を愛する人たちにとってみれば「もうやめてくれ」案件なわけです。でも、夢を叶えて欲しいというジレンマもある。
アタックの日が近づいてくると恋人も無言でキャンプを出ていき(そして車の中で大泣きする)、撮影者である本作の監督であるジミー・チャンも「撮影しなくてもいいんだ」なんてことを言い出す。みんなアレックスのことが好きすぎて、複雑な気持ちで当日の朝を迎える…
しかし、アレックスはそんなこちらの気持ちなどどこ吹く風。ニワトリ?ウサギ?ユニコーン?の着ぐるみの男を追い越し(いや、あれまじでなんだったんだ…困惑)超笑顔でヒョイヒョイと、クルーたちが驚くペースでエル・キャピタンをのぼっていく。この状態、完全にクライマーズハイ。
いや逆にアレックスが周到な準備を重ねてきたことの余裕の表れとも思える。彼にとってはむしろこのクライミングは「安全」なんですよ、多分ね。
そして最大の難所。足場が不安定で足を遠くに投げ出して体を支えなければならない場所に到着。「空手の蹴り」でアレックスは難なくそこをクリア…
そうか、この人は、別に死にたいわけじゃないんだな、とわたしは思いはじめていました。刺激やスリルが欲しいなんてそんな単純な理由で上っているんじゃないんだ、って。
その頃には、もうわたしは大泣きしていました。自然と一体となるアレックスの姿があまりに美しくて神々しくて。
「どうか(落ちないで)、どうか(上りきって)」と祈りながら、一歩進むごとに自分の殻を脱ぎ捨てて、人の純然たる「JOY」をさらけ出していくアレックスを見つめていました。
登頂後、撮影者と喜びを分かち合い、恋人に電話するアレックス。「泣いてるところを撮りたいらしいけど絶対に泣きたくないんだ。君が泣いたらこっちまで泣いてしまう(から泣かないで)」と言い、切り際にさらりとこれまでほとんど言ってこなかった「I love you」を言う。
なんだかもう胸がいっぱい。
ラスト、「この後何をする?」と聞かれたアレックス。
「懸垂かな」
彼の挑戦はまだまだ続くようです…(呆然)
作品情報
- 監督 エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ、ジミー・チン
- 製作総指揮 ウォルター・パーク、スローリー・マクドナルド、ティム・パストーレ、マット・レナー
- 音楽 マルコ・ベルトラミ
- 製作年 2018年
- 製作国・地域 アメリカ
- 出演 アレックス・オノルド、トミー・コールドウェル、サンニ・マッカンドレス