あらすじ
ある森に一人の女の子が住んでいました。女の子は森に迷いこんだ人間を襲い、その肉を食べて生きていました。ある日、その森に変質者に目を潰された男の子がやって来ました。「あいつの仲間が追って来る…」怯える男の子を連れて、女の子は森から逃げることにしました…。
ちょっと前に感想を書いた、『テリファイド』や『シークレット・ヴォイス』などと同じ、「未体験ゾーンの映画たち」の上映作品です。時期逃して観れなかったんですが、最近レンタル開始してたので借りてきました。
めっっちゃ好みの映画でしたわ!!
わたしこういう、「厳しい現実をファンタジーの力で乗り越える」系の話ががほんと好きなんですよね。残酷なおとぎ話とかダークファンタジー的なやつ…。
今年の未体験ゾーンでこの前も『ザ・マミー』っていうメキシコのストリートチルドレンがらみのホラーを観たんですけど、
これもめちゃくちゃ良くて、テイストは全く違うけれど、同じ系統かなと思います。
『パンズラビリンス』とかリブート版『it』とか『怪物はささやく』とか、それ系が好きな人にはどちらもほんとおすすめです。
監督は本作の元になった短編を撮っているくらいで長編は初らしいんだけど、回想の入り方とか自然だし変に技巧に走ってる感じもなくて、すごく良かったですね。ファーストカットとラストカットが対になってるのも好き。
現実に絶望し「怪物」となった少女と「怪物」の呪縛に捕らわれた少年。心と体に深い傷を負った二人がどう現実を乗り越えるか…そういうお話です。
原題は「THE DARK」(暗闇)なんですけど、要するに慣用句的な「暗闇から抜け出す」って話なのかなと思いました。
ラストがね、じんわり来ました。
以下ネタバレ。
丁寧な匂わせ描写の妙
まず冒頭、一人の男が車で売店にやって来ます。地図で現在地を確認する男に店主が
「悪魔の巣(デビルズデン)に行きたいんだろう?あそこは呪われてる。やめといた方がいい、あんたみたいな都会モンは怪物に食われちゃうぜ。ぐへへへ…」
なんて調子のってべらべらしゃべってたら、テレビで武装した男が逃走中というニュースがやってて…あれ?この顔この客と似てね?と思う間もなく男が拳銃ズドン。
おぉ、なんか唐突に物語が進んでいくこの感じ、とても良いね~。
男は車で逃走。そのバックミラーには十字架がかけられている。男はおもむろに祈りの言葉を唱え出す。
「私の心に入れるのはイエス様だけ、私の心に入れるのはイエス様だけ…」
言葉のチョイスとただならぬ雰囲気で、男の異様さを伝えてくるのもすごく良い。
ここまで開始5分。
男は森(さっきの店主が言っていた「悪魔の巣」)に入っていく。
と、しばらく行くとまきびしみたいなトラップが仕掛けてあってタイヤがパンク。おかしいと思いながらも森の奥に進んでいくと、一件の家があり、中に入ると手描きのイラストが壁に貼られた子ども部屋とおぼしき部屋があり…そこで人の気配を感じ、逃げ出す男。しかし、その人影は執拗に男を追い回す。
…で、なんやかんやあって、「不死身の少女」ミーナに男は殺されもしゃもしゃと食われてしまうのだった。
そして少女は車のトランクに隠されていた少年アレックスを見つける…
ここまでほぼ20分。
この導入部でだいぶ尺を使ってるんですよね。描写は丁寧なんだけど、でも決して過剰ではなくて、薄いベールを一枚一枚剥がしていくようにゆっくりと本質を映し出していきます。
例えば、ヨセフが人ん家(お世辞にもきれいと言えない)の部屋のベッドに思わず横になるのを見て、「あぁ眠る暇もなくずっと車運転して逃げてきたんだな」とわかるし、少女に見つかった少年が、男が戻ってきたと勘違いして叫んだ「ヨセフ、ごめんなさい!愛してる!」というセリフで、男ヨセフと少年の関係の異常性を察っすることができる。
男の遺体からライター→少年の目のケロイド→その状態と少年の様子から、相当な年月、彼が男に捕らわれていたことを匂わせることで、少女も暗にそれに気がついて、彼に共感するような素振りを見せるわけ。となると観てるこちらとしては、あぁ多分少女もそういうつらい目にあったんだな、となんとなくわかる。
こういう、描写の積み重ねで人物の状況や心理を描いていく語り口にとても好感を持ちましたね。
「暗闇」からの脱出
その後は森をさまようミーナとアレックスの交流がありつつ、なぜミーナが「怪物」となったかを回想シーンで語っていきます。
ミーナは母親の恋人から何度も性的暴行を受けていて、ついに抵抗した際、激昂したその男に撲殺されてしまったんですね。男は虫の息だった彼女を森の穴に埋めたのだけれど、ミーナは息をふきかえす(あるいはもしかしたらこの森は名前的にもそもそものいわくがあるのかも)。
彼女は自分をそんな目に遭わせた母親を食い殺し、「怪物」になってしまったのでした…。
この「怪物」っていうのは多分「人間性を失った状態」の比喩なんですよね。ミーナは人生に、未来に、現実に絶望している。信じられる大人は誰もおらず(彼女のイラストから察するに父親は他界してしまったよう)、その善悪に関わらず、すべての大人を敵とみなし、容赦なく牙を向く。
それは少年アレックスも同じで、長いこと「怪物」のようなヨセフと暮らしてきたために、自分を助けようとする警察や自警団たちの言うことも信用できない。そもそも「ヨセフのところへ返して」などと依存性を伺わせる発言もしている。
電話でつながった母親の声を聞いても返事をすることができず、この心理状態は被虐待者や被監禁者特有の「学習性無力感」の状態にも見えます。
逃げても絶対に連れ戻す、何をしても逃れられない、今さら戻っても家族は受け入れてくれない…。ヨセフがアレックスにこのような嘘を吹き込んだ可能性は十分にあり、自由の身となってもその絶望に捕らわれてしまっていたのではないでしょうか。
絶望と大人への不信感を抱え、心の「暗闇」に捕らわれている二人が距離を縮めていくのに時間はかかりません。アレックスはミーナのことを見えなくても、なにも知らなくても本能的に「お互い似た者同士」だと感じたのでしょう。
そんなお互いの「暗闇」の中で、大人への敵愾心を募らせたアレックスはついに「怪物」の片鱗を見せ、大人にナイフを突き立てる。
けれどもミーナは、彼には待っている家族がいることを知ります。そして彼もそこへ戻りたいと思っていることも。アレックスを自分と同じ「怪物」にするべきではないと悟ったミーナは彼から離れます。
そしてそれは、ミーナにとっても「暗闇」から抜け出す一歩となるのでした。
めでたしめでたし、の先へ
自分のテリトリーである森にやってきた侵入者を、誰彼かまわず殺していたミーナ。ずっと孤独だった彼女は、自らが「怪物」になることで現実社会に出ることを拒んでいたのです。
けれど合わせ鏡のような存在のアレックスとの出会いによって、少しずつですが人間性を取り戻していきます。最初は体温、味覚、そして最後には傷だらけだったその顔も元通りに戻ります。
そしておそらく、心の傷も。彼女の受けた傷は深く、決して消えることはないでしょうが、少しだけでも癒されることはできる。
多分森での出来事は、たった二人のグループセラピーだったのかもしれません。
「悪魔の森の食人姫は、王子様によって呪いが解け、元の美しい姿に戻ることがきたのでした」
ほとんどのおとぎ話がそうであるように「めでたしめでたし」の体で話は終わります。けど、わたしがこの童話の作者なら、もうひとオチつけたいところ。
「呪いの解けたお姫様は、王子に会いに行きました。すると王子の目はたちまち治り、二人はいつまでも幸せにくらしましたとさ。めでたしめでたし」
安易でしょうか?
でもわたしは、つらく苦しい思いをした人たちには、あまりあるほど幸せになってほしいと願ってしまうのです。たとえ現実ではそうはいかなかったとしても、フィクションにそれを求めたってバチはあたらないでしょう?
だってそれが映画だし、「おとぎ話」だと思うから…。
作品情報
- 監督 ジャスティン・P・ラング
- 脚本 ジャスティン・P・ラング
- 製作総指揮 フローリアン・クルーゲル
- 製作年 2018年
- 製作国・地域 オーストリア
- 原題 THE DARK
- 出演 ナディア・アレクサンダー、トビー・ニコルズ、カール・マルコヴィクス、マルガレーテ・ティーゼル