あらすじ
6歳の頃家族とともに中国からアメリカに移住したビリーは、故国に住む大好きな祖母ナイナイが末期のガンに冒されていることを知る。親族の方針により本人に告知はせず、離れ離れの一族がナイナイに会える機会を設けるため、急遽ビリーのいとこハオハオの結婚式が執り行われることとなる。
久しぶりに故郷で再会する親族たち。しかし思いはそれぞれの複雑だ。
「真実を告げるべきでは?」と悩むビリー。「優しい嘘もある」と考える親族。
中国とアメリカ、東西で離れて暮らす一族の価値観が衝突する中、悲しみを嘘で隠したフェアウェル/ウェディングがはじまった……。
当初4館からはじまった上映が口コミの評判で拡大したという、今秋公開のA24配給作品。一足早くオンライン試写で鑑賞させていただきました。
昨年のゴールデングローブ賞でオークワフィナがコメディ部門の女優賞を獲ったことでも話題になりましたね。
女優・オークワフィナの魅力満載
評判通り、オークワフィナはめちゃくちゃ良かったです!
『オーシャンズ8』から好きになったんだけど、わたしが観た出演作はどれも陽気な役柄だったので、本作の落ち着いた雰囲気の彼女は新鮮でした。
監督もオンラインのトークイベントで「主人公はわたし自身なわけだけれど、オークワフィナの(コメディな)イメージは違うと思っていた」と言ってて、でも、彼女のちょっと所在なさげで飄々としてる雰囲気が、この「ビリー」というキャラクターにぴったり合ってるんですよ(当初は「違う」と思った監督もオーディションの演技を観て彼女に決めたのだそう)。
幼い頃に故郷を離れてつらい思いもして、アメリカにも居場所がないけど中国ももう自分の「ホーム」じゃない。そういったビリーのどこにも拠り所がない、頼りない感じが、彼女特有のあの「猫背」に表れてるように見えましたね。
ほんと個性的で唯一無二の佇まいを持ってる人だなと思います。素敵な女優さんですね(元々はラッパーか)。
「個性的で普遍的」な物語
本作を監督したルル・ワンは、中国系アメリカ人。
アカデミー賞に輝いた『パラサイト』をはじめ、『クレイジーリッチ』やNetflix映画『ハーフオブイット』などアジア勢のクリエイターの活躍がめざましいですが、本作のヒットを見ても、アメリカおよび欧米におけるアジア圏映画の評価が映画人だけでなく多くの人に広く高まっているのだなぁと感じますね。
映画の最初にテロップで「実際の“嘘“に基づく」と出てくるんですけど、本作はワン監督の実体験を基に作られており、まさに本作は「個人的になことが最も普遍的なこと」を地で行く作品。
そもそも「癌の祖母に会う口実として結婚式を開く」という嘘の壮大さにも笑っちゃうわけだけれど、そんな「個人的」な体験に東洋と西洋にルーツを持つ監督だからこその「個性的」な視点もあって、独自の物語を構成しています。
「おばあちゃんに余命のことを話すべきなんじゃないか」と欧米的感覚で語るビリーに対し、親族が「中国では末期の癌なら告知はしない。病気ではなく死への恐怖で死んでしまう」というセリフがあったり(日本でも昔は割りと告知しないのが普通だったような)、「西洋では命は個人のものだと思われているかもしれないが、我々の国では個人の命は全体の一部だと思われてる」といった死生観に言及したりと、欧米の人から見ると新鮮、同じアジア圏の人から見ると納得できる点もあって、そういうカルチャーギャップ的な面白さもある作品だと思います。
交際期間について「聞かれたら3ヶ月じゃなくて半年、いや一年て答えるんだよ!」とかいう話も、端から見ると異様かもしれないですね(笑)。
そんな多分にパーソナル性の溢れた作品ではありますが、根底にあるのは普遍的な「家族愛」。おばあちゃんを思うビリーの気持ちは、洋の東西を問わず共感できると思います。
題材的には悲劇にも喜劇にもできるところを、どちらにも寄らないバランスで演出しており、まさにクスッと笑えてほろっと泣ける作品。
ゆったりとしたカメラワーク、まるで室内楽のような落ち着いたサントラも素晴らしく、ワン監督の確かなセンスが感じられます。
家族の繋がりと世界の繋がりを感じられるエンディングには、思わず感涙。
大切な人に会いたくなる、温かな良作です。
以下ネタバレ……はほとんどないけど面白かったり気になったところをちょこちょこと。
何も知りたくない人はここまでで!
東アジアの共通性と相違点
ビリーのいとこは日本に住んでいて日本人女性と結婚するのですが、親族とその花嫁のキャラクターの対比もなにげに面白くて。
この花嫁は、なんとなくほんわかとしていつもニコニコしてて、チャキチャキとした一族の人たちの中では少し異質な存在なんですね。祖母からは「なんなのあの子!」って言われるくらいぼんやりしてるのね(ピアスを失くしたり、確かにちょっとドンくさい笑)。
このキャラクターについて監督は「実際に自分のいとこのお嫁さんをモデルにしている」と言ってて、「欧米の人には中国も日本も同じアジア圏として認識しているけれど、その違いみたいなものが(彼女のキャラクターによって)表すことができたかもしれない」とも話していました。
結婚式で新郎と二人で(なぜか)「竹田の子守唄」を歌うシーンがあるんだけど、その時のちょっとはにかむ様子とかも微笑ましかったですね。
ノンバーバルな愛情
結婚式もなかなか印象深いのですが(円卓で家族みんなで「ミラクルバナナ」みたいなことをやってたように見えたんだけど、あれはなんだったんだろう?)、お墓参りのシーンも興味深いものがありましたね。
ナイナイの夫(つまり主人公ビリーのおじいちゃん)のお墓に供え物をしてお祈りをするんですが、その際にやたらと「誰々が何々できますように」と願い事を言うんですね。いや、神様かよ(笑)。
家族みんなでお辞儀を何度もするのもシュールでした。
ちなみに中国では職業として大泣きして葬式を盛り上げる(?)「泣き女」という文化が今もあるのですが(この習俗じたいは日本を含むアジアだけでなくヨーロッパや世界各地に存在します)、本作でもお墓参りのシーンで登場します。「嘘をついて泣く」泣き女と、「嘘をついているから泣いてはいけない」ビリーたち家族の対比にもなっていたように思いますね。
(「泣き女」を題材にした映画。かなり好きなです)
泣きたいのに泣いてはいけない。言いたいのに言ってはいけない。離れたくないのにそばにいてはいけない。
その引き裂かれる思いがほんとうに切なくて、ビリーがほとんど泣かない分、わたしが代わりにめちゃくちゃ泣いていました(笑)
大切な家族につく大きな嘘。真実を告げることが愛とは限らない。
でももしかしたら、おばあちゃんは、実は気づいていたんじゃないか。
全て知った上で、家族の嘘に乗っかってたんじゃないか。
かつて自分の夫にも同じように嘘を突き通した経験があるナイナイならば、むしろ察しない方が不自然だと思う。
ビリーのおじさんが「重荷(死への恐怖や罪悪感)は残された家族が背負えばいい」と語っていたように、ナイナイも「家族に重荷を背負わせる重荷」を抱えていたんじゃないかな。
嘘じたいが、この家族にとってのノンバーバルコミュニケーションだったのかもしれません。
……最後のナイナイの様子を見て、そんな風にも思えました。
普段会えない離れて暮らす家族に愛を伝えたくなる、素敵な作品。おすすめです。
作品情報
- 監督 ルル・ワン
- 脚本 ルル・ワン
- 音楽 アレックス・ウェストン
- 製作総指揮 エディ・ルービン
- 製作年 2019年
- 製作国・地域 アメリカ、中国
- 出演 オークワフィナ、ツィ・マー、ダイアナ・リン、チャオ・シュウチェン、水原碧衣