あらすじ
旧東ドイツ、ライプツィヒの巨大なスーパーマーケット。そこへ一人の青年クリスティアンが新人として雇われる。飲料担当のブルーノの下で在庫管理を任されたクリスティアンはフォークリフト免許取得のため日夜練習を重ねる。やがてクリスティアンは菓子担当のマリオンにほのかな恋心を抱くようになる。しかし彼女には夫がおり…。
本作の舞台は、スーパーマーケットのバックヤード。そこで働く人々の「なんでもないようなことが幸せだったと思う(by虎舞竜)」日々を描いた作品です。
もうね、想像通り地味です。ジミーを通り越して大西ライオンです。さっぱり意味がわからないね(うん、わたしもよくわからない)。
予告やポスタービジュアルを観た感じからずっと「カウリスマキっぽいなー」と思ってて(『街のあかり』『希望のかなた』ってタイトルもあることだし)好みな気はしてたんですが、なんとなく後回しにしてて。でも結果的にドンピシャで、ほんと、観てよかったです。
「東ドイツ題材映画はだいたい傑作説」がわたしの中にあるんですけど、本作もその説を裏付けてくれる作品でしたね。
多分、時代設定的には携帯電話の感じから現在よりも少し前(90年代後半から2000年代くらい?)なんじゃないかと思うし、スーパーの場所が再統一前は運送公社だった、というくらいでほとんど東ドイツ要素はないんだけれど。
てかそもそも、ストーリーらしいストーリーもないし、この映画の何がどう良いのかうまく言えないんだけど。でもね、見終わった後に「なんていい映画なんだー!」と思わずにはいられない映画でした。
話的には全然違うんだけど、若い人たちに希望を託すという意味で、『天気の子』や先日観た『アナと世界の終わり』を連想しました。
それにしても、そういう物語が琴線触れる世代にわたしも片足を突っ込んでるんだなぁと最近思う…。
あと、全然ノーマークだったけど『ありがとう、トニ・エルドマン』のサンドラ・ヒューラーがヒロインのマリオン役で出演してました。ほんと、めっちゃ良い女優さんだよねぇ。
とりあえず、フォークリフトの教則ビデオのクオリティには笑った。
以下ネタバレ。
スーパーマーケットの天使たち
まず言えるのはね、スーパーマーケットは身近な小宇宙だってこと。そこには人々の生活が詰まってるんですよね。
たしか『万引き家族』で「お店のものはお店にある間は誰のものでもない」ってセリフがあったと思うけど(法的にお店のものだとか言わないでね)、ということはお店の商品はいつか誰かのものになる「生活の未来」でもあるんだなぁなんてことを思いました。
そして店員さんたちは、密かにその秩序を司っている「番人」なんですよね。「G線上のアリア」がかかる夜のバックヤードで、知らない誰かのために「生活の未来」を補充する…
「番人」である間は外に出ることは許されないし、時々フォークリフト戦争(笑)に巻き込まれたりする。そして客はその存在を空気のように認識している。
ベルリンの天使は図書館にいて、ライプツィヒの天使はスーパーのバックヤードにいるんだね。
灯りの下はあまりに暗く
彼らの働くスーパーマーケットの周りはほとんど空き地で何もなく、夜はそこだけがぽっかりと明るいんですよね。買い物客にとっても店員にとっても、まるで沿岸の灯台のような存在なのです。
荒んだ生活を送ってきた(であろう)前科持ちクリスティアンにとっても、そこは安らぎの場所になっていく。ブルーノはじめ年配の店員たちは愛想がいいわけでもないし饒舌でもない(そこもすごくカウリスマキっぽい)けれど、彼を優しく見守ってくれている。
クリスティアンがフォークリフトの免許に合格したとき、みんなすごく喜ぶんですよ。それまで別にそこまで親身になっていたわけでもないのに(笑)。酔いつぶれて遅刻しても、やれやれもう次はないぞ、と大目に見てやる。
つかず離れず、でも突き放さず。その温かい距離感が見ていてもとても心地いいんですよね。
けれど、灯台の下ほどもっとも暗い。
彼らは心の中に影を宿していることがだんだんとわかってくる。ブルーノたち古参組は東ドイツだった頃を「昔は良かった」と懐かしみ賞味期限でばっさりと捨てられる食品に自らをかさねてしまう。クリスティアンもまた、多くは語られないけれどタトゥーだらけの肌やかつての友人との再会の様子に、過去に大小さまざまな多くの罪を重ねたであろうことを伺い知ることができます。
そして、不意に訪れる悲劇…
それでも、彼らは働く。悲劇を内包し、影を灯りの下に隠したまま。
「あぁ、働くって、こういうことなんだな」なんて思って涙がこぼれました。その姿が、あまりに美しかったから。
時代に取り残されて
ブルーノたち古参の店員はスーパーになる前はトラック運送業をしていた同僚で、資本主義の波に飲まれる東独世代。しかしその流れの速さに追い付けなかったブルーノは、自ら命をたってしまいます。
彼の過去について語られることはほとんどありません。「妻が寝ている」と言いつつ本当は独り身で、マリオンへの思いが募るクリスティアンに些末な嘘をつく…
最初はなぜブルーノたちがクリスティアンに対して親身になるのかわからなかったんだけれど、多分彼らはブルーノが「未来の世代」だということがわかってるんですよね。自分たちが追い付けない時代を生きる人間だということを。
だからきっと、無意識に大事にしていたのでしょう。もしかしたら、クリスティアンに「希望の灯り」を見出だしていたのかもしれない。
本作の監督トーマス・ステューバーは、1981年生まれの38歳。そして原作である短編の作者である、クレメンス・マイヤーも1977年生まれで、若い頃1990年の再統一を経験した世代なんですね。そしてお二人とも旧東ドイツの出身です(ステューバーさんはライプツィヒ生まれ)。主人公クリスティアンはきっと、作者そのものなんじゃないかと思うんですよね。
- 作者: クレメンスマイヤー,Clemens Meyer,杵渕博樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
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おそらく、上の世代との直接的な関わりがこの作品の原動力になっているのではないかと思います。彼らへの感謝や労りの気持ちが映画全体に漂っているような気がするのです。
クリスティアンにとってもブルーノたち上の世代は「希望の灯り」だったんですよね、きっと。
今年はベルリンの壁崩壊から30年の節目(先日の11月9日でした)。おそらく、本国でこの映画を観た人たちはいろんな思いが去来したことでしょうね…。
遠い国の人の思いに寄り添いたくなる、そんな映画でした。
作品情報
- 監督 トーマス・ステューバー
- 原作 クレメンス・マイヤー
- 脚本 クレメンス・マイヤー、トーマス・ステューバー
- 音楽 ミレナ・フェスマン
- 製作年 2018年
- 製作国・地域 ドイツ
- 原題 IN DEN GANGEN/IN THE AISLES
- 出演 フランツ・ロゴフスキ、ザンドラ・ヒュラー、ペーター・クルト、アンドレアス・ロイポルト、ミヒャエル・シュペヒト