あらすじ
クリスマスが近づく郊外の町。高校3年生のアナは大学に行く前に国外に旅に出たいと考えていたが、一人親である父に猛反対される。アナの幼なじみジョンは冴えない学校生活とアナへの片想いにやりきれなさを抱え、同級生のステフは大人への不信感とやりたいことが認められない現状から抜け出したいと考えている。
そんな鬱屈とした彼らの退屈で平和な生活はある日突然、終わりを告げる。
ゾンビによって…!
以前おすすめミュージカル映画の記事にも書いた、ライアン・マクヘンリー監督によるショートフィルム「zombie musical」を元に長編化した作品です。
元の短編は、『ハイスクールミュージカル』を観ていた監督が「ゾンビ足せばおもしろくなるんじゃね?」と考えて作り上げたんだそうです。数年前にこの動画が話題になったときにわたしも知ったんだけど、世の中にはいろんなことを考える人がいるんだなと思ったわけさ。
オープニングのアニメーションからセンス良すぎ。
この17分程度の短編を、ここまで膨らませて、しかもただのアイデア一発勝負で終わらせず『ブレックファスト・クラブ』的なしっかりとした「青春映画」にまとめていたことに少なからず驚きました。なんでアレからココまでのもが出来上がるん?やっぱプロってすごいね(こなみ)。
公開当時は「イマイチ」なんて声もチラホラあったんですけど、いやいやなかなかどうして、すごい良い映画じゃないの!!!
この世界から抜け出せ!
元の短編は「もしも、ゾンビとミュージカルを足してみたら?」というアイデアと「退屈な日常の崩壊」を描いた小品だとしたら、本作はそこに「青春時代の鬱積」をプラスした良作となっています。
「現状から抜け出したいティーン」の物語にしっかりとブラッシュアップされているんですよね。
それが如実に現れているのが、主要メンバーであるアナ、ジョン、ステフが「ここから抜け出したい」と高らかに歌い上げる最初のナンバー「Break Away」。
特に金髪ショートのステフ(我が推し)のソロが素晴らしく、「Am I just nobody like everyone else? 'Cause I don't want to live that way(わたしも他の普通の子と同じなの?そんな生き方はしたくない!)」と歌う姿は切実でエモーショナル。青春の痛みを感じる歌詞にも共感してしまいます。
Anna and the Apocalypse Clip "Break Away"
そして「ディスイズニーディズニー(This isn't Disney)」からはじまる2曲目の「Hollywood Ending」では「ハリウッドエンディングみたいな劇的なことは起きない」と歌う。
この映画は普段の学校生活では主役にはなれない子たちのお話なんですよね。
Anna & the Apocalypse Cast - Hollywood Ending (Lyric Video)
そんな子たちが「apocalypse=世界の終わり」によって自分たちの「世界」から抜け出すという二重構造の物語になっているのです。
あなたも青春時代、この狭い自分の世界から抜け出したいがために、世界の終わりを夢想したことはありませんか?
もし、そんな経験のある人なら問答無用で刺さる映画だと思います。
わたし?えぇ、ドンのピシャですよ。
ゾンビとしては…
確かに、ゾンビ設定はガバガバのユルユルだし(製薬会社が隠してたとかかなりふわっとしたアレです)、ゾンビを求めたらちょっと物足りないのかもしれません。
まぁわたしそこら辺は全然気にしないんだけど、ゾンビに襲われる原因が結構アホらしい(トナカイの話をしてて…とか)ので、どうせならもっとバカバカしさに振り切って、ゾンビにも歌って踊らせるくらい弾けてくれてもよかったんじゃないかなー、とは思った。
…けどそれはそれで文句が出るかもしれないんで、あえてそういった方向に逃げずに、「世界の終わり」を構成する一要素としてゾンビを出してきたのは、ゾンビ映画に実直に向き合った結果なのかなと思いますね。
「ゾンビ×青春ミュージカル」というよりは「青春ミュージカルにゾンビ要素がある」と考えると、むしろ「ちゃんとゾンビしてるな!」くらいの気持ちで鑑賞できるかも。
だからゾンビ映画ほとんど観ないよ、って人にはすごくおすすめしやすい映画かもしれないですね。
とにかく曲がいい。
ゾンビ映画としてどうなのかってのは他の方におまかせするとして、もうね、とにかく曲が良いのよ。
前述の2曲はもちろん、アナがゾンビまみれの通りを「最高の日!」と歌いながら歩いていく「Turning My Life Around」や、この曲の後から作品の趣きがガラッと変わる「Human Voice」とか。
Anna and the Apocalypse Clip "Human Voice"
ステフ(我が推し)の歌声がパワフルでソウルフル!で最高です。
なのでもし曲にハマれば映画にもハマるでしょうし、ダメな人はとことんダメでしょうな…
アナと世界の終わり [Explicit] (オリジナル・サウンドトラック)
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けど、ファーストシーンとラストシーンを被せてきてるのも気が利いてるし、イースターエッグ的に仕込まれた数々の過去のミュージカル&ホラー映画へのオマージュ(『ショーンオブザデッド』はもちろん『ウェストサイド物語』なども!)、ミュージカルパート以外での楽曲の使い方など、観ていて「ほんとよくできてるなー」と思いましたよ。
わたしはとても好きな映画です。
以下ネタバレ。
ゾンビは比喩である
あらゆるゾンビ映画がそうであるように、本作のゾンビも比喩表現なんですよね。
さっきも言ったけど、この作品は現状を抜け出す=「(自分の)世界の終わり」とアポカリプスとしての「世界の終わり」の二つを描いていて、本作のゾンビは若者たちがbreak awayする際に立ちはだかる「障壁」の比喩でもあるんですよね。
例えば、親や教師などの大人たちだったり、田舎のしがらみだったり、過去のトラウマだったり、報われない恋だったり。
それらを打ち砕き、外の世界へ飛び出していくというのが本作のテーマであるわけです。
その証拠に、最後まで生き残るのはアナとステフ、そしてアナの元カレニックです。彼らは「ここから抜け出したい」と思っていた人たちなんですね(ニックに関してはアナの「将来を語り合った」というセリフから、彼女と同様の考えを持っていたと思われます)。
一方、ゾンビに襲われる形となったジョン、リサ&クリスは町にとどまることを選んだ人たちなんですよ。
ジョンは「Break Away」で「どうすれば(アナを)引き止められる?別れは聞きたくない」と歌い、リサとクリスのカップルは二人の世界が永遠に続くことだけを願っている。
途中で闇落ちするサヴェージにいたっては生徒を「飛べないくせに」と蔑み(歌詞の「飛ぶ準備はできている」とペンギンの着ぐるみに掛けてる)、現状維持にこだわり、学校から出ることさえ拒む。
明確な生存の線引きがあるんですね。
世界へ飛び出すか、現状のままか。だからアナのパパもゾンビになるしかないわけです。
自立と別れと、世界の終わり
この作品でいうbreak awayとは要するに「自立」であり「巣立ち」のことなのです。
そして自立につきものなのは、「別れ」です。
劇中でアナたちが経験する死別は、現実の若者たちが自立の過程で避けては通れない、親や友人との「別れ」でもあるのだと思います。
この作品がどこか物悲しく切なく感じるのは、過去に自分も経験してきたさまざまな「別れ」を思い起こさせるからなのかもしれません。
それから、実は元の短編を作り上げたライアン・マクヘンリーは、長編化の話があって鋭意制作中だった2015年、珍しい癌の病気によってこの世を去りました。
彼と親交のあったプロデューサーにより「映画化して欲しい」という彼の希望を叶えるべくプロジェクトは進められ、本作の監督ジョン・マクフェールがマクヘンリーの遺志を引き継ぐことになったのです。
青春ゾンビミュージカル『アナと世界の終わり』制作秘話 原作者は“ライアン・ゴズリングがシリアルを食べない”動画を作った男 – ホラー通信
なぜこんなにも本作の「別れ」が悲しいのか。それはきっとマクヘンリーとの「別れ」が根底にあるからなのではないかと思うのですよ。マクフェール監督自身はマクヘンリーさんと交流はなかったそうですが、一人のクリエイターの死は映画全体に何らかの影響を与えたのではないでしょうか。
もしマクヘンリー自身が監督していたら、本作もまた違った作品になっていたかもしれませんね。
(ちなみにマクフェール監督は、本作を観たマクヘンリーの遺族から「この作品はライアンが作りたかった映画だ」と言われて嬉しかったと、インタビューで語っています。青春ゾンビミュージカル誕生の背景は? 『アナと世界の終わり』監督が語る、キャラクターの重要性|Real Sound|リアルサウンド 映画部)
さて、映画はステフの「次はどこに行く?」というセリフで終わります。彼らを乗せた車は町を抜け新たな世界へ走り去って行くのです。
喪失と悲しみを乗り越えた先には、広い世界が待っている。
そうだ、若者たちよ。世界へ、飛べ!
作品情報
- 監督 ジョン・マクフェール
- 脚本 アラン・マクドナルド、ライアン・マクヘンリー
- 音楽 ロディ・ハート、トミー・ライリー
- 製作年 2017年
- 製作国・地域 イギリス
- 出演 エラ・ハント、マルコム・カミング、セーラ・スワイア、クリストファー・ルヴー、マルリ・シウ