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チェルノブイリ【ドラマ・ネタバレ感想】真実の対価、嘘の代償★★★★★(5.0)

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ドラマ『チェルノブイリ』 (オリジナル・サウンドトラック)

あらすじ

1986年4月26日、チェルノブイリで未曾有の原発事故が発生する。政府より対応を任された科学者のレガソフと党幹部のシチェルビナ、そして事の重大さに気付いた女性物理学者ホミュックは、命懸けのギリギリの決断を下していく。

しかし、収束までの長い長い道のりは市井の人々の尊い日常を確実に奪っていった…。

そして、事態を矮小化し隠蔽も辞さない政府の姿勢に絶望したレガソフたちは、それぞれの方法で事故の真相を突き止めようとする。

あの時、あの場所で、一体何があったのかーー心揺さぶる、「真実」のためのドラマ。

 

 

怖い、つらい、ひどい、悔しい、悲しい…

もうなんて形容していいかわからない。

ひさびさにこんなに緊迫感のあるドラマを観ました。1話観るごとに精神的にも体力的にもゴリゴリ消耗させられましたね…。途中で何度も挫折しそうになりました。一緒に観ていた夫は4話で「ちょっとこれは無理」と席を外してましたよ…。

いやほんと、こんなに「つらい」を連発したくなるドラマはなかなかないです。

 

しかも何が怖いって、作中描かれている描写の「意味」が理解できるってことなんですよ。

ただ、水が流れる、風が吹く、外で遊ぶ子どもたちや感動の抱擁でさえ、3.11で原発事故を目の当たりにしたわたしたちは「怖い」と感じてしまうと思うんですね。

あの事故によって、そう思ってしまうだけの知識を持ってしまったということなんです。もう、知らなかった頃には戻れない。そのことをまざまざと知らされたような気がして、二重に恐ろしく感じてしまいました。

 

とはいえ、しっかりとエンターテイメントとして作られているので映像としても見ごたえ十分。

事故の爆発や火災の迫力、2010年にやっと立入禁止が解除された原発周辺地域(今では人気の観光スポットにもなっている)の再現も素晴らしいです。また被曝によって受けた肉体的な損傷を正面からとらえている点からも逃げない姿勢を感じます。

事故の悲惨さに震えるもよし、国家という見えない脅威に憤るもよし、市井の人々の群像劇として観るのもよし、立場も性格も違うレガソフとシチェルビナの凸凹バディにキュンとするもよし。人によって様々な視点で観ることができる作品だと思います。

 

似たようなおじさまたちがいっぱい出てきますが、とりあえず主役格である、レガソフ役のジャレッド・ハリス(黒ぶち眼鏡)と、シチェルビナ役のステラン・スカルスガルド(元祖ファイティングダディ)&ホミュック役のエミリー・ワトソンの『奇跡の海』コンビがわかれば問題ないよ!(4話にはバリー・コーガンも出演してます)

余裕があればおでこにあざのあるゴルバチョフ書記長、ちょびヒゲのディアトロフ(『ディアトロフ・インシデント』と覚えよう!)、天パでしゃがれ声の原発所長ブリュハーノフ、消防隊員のイグナテンコだけは覚えておきましょう。

 

たしかに絶望的で、気の滅入るドラマではあります。でも、最後まで観てほんとによかったと思える素晴らしい作品でした。なるべくたくさんの人に観て欲しい。いつか円盤化して欲しいし、できれば何年後か、可能ならば、BSとかでもよいのでテレビ放送して欲しいですね…。日本人なら、というか、原発保有国に生きる人たちは絶対に観ておいた方がいいと思いましたよ。

 

以下ちょいネタバレ。だけど全然魅力は伝えられてないので読んだあとに観ても問題ないです。てか少しでも気になってる人は絶対に観た方がいいよ!!

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ヒーローは要らない

この作品の素晴らしいところは、もちろん事実に基づく描写はもちろんなのですが、何より安直なヒロイズムや感傷さを意識的に排除している点です。

確かに、事故の真相を公表しようと奔走する主人公レガソフたちの行動は称賛に値しますが、彼らは別に「ヒーロー」として描かれているわけではない。

 

また、例えば地下水汚染を防ぐために駆り出された炭鉱夫たちを主人公にして「彼らが世界を救った!」という演出にすれば十分感動的なドラマができあがったはず(官僚とのやり取りも含めてとてもドラマチックなエピソード)。

他にも、「命を奪う許可」を得て選ばれた三人が水の満たされた圧力抑制プールから水を抜くバルブを回しにいくシーン(ガイガーカウンターのジジジジ…音が超怖い!)や、建屋の屋上から高濃度に汚染された瓦礫を除去するシーン(ガイガーカウンターのジジジジ…音がまじで超怖い!)、避難区域に取り残されたペットを「駆除」するシーンなど、それだけでひとつの映画にもなりそうなエピソードなんですよね。

 

けれども、そこに「情感」のようなものは一切ない。

むしろ淡々としていて、感動させよう、感情移入させようという思惑を意図的に排除しているように見えるんですよね(それでも感情は揺さぶられるんですけれども)。おそらく、このドラマが「見せよう」としているものはそこじゃないからなんですよね。

 

その意識は音楽にも現れていて、サイレンやノイズのような、時には悲鳴や讃美歌のように聞こえる、劇的な旋律はほとんどないポストクラシカルな楽曲となっております。

 

ドラマ『チェルノブイリ』 (オリジナル・サウンドトラック)

ドラマ『チェルノブイリ』 (オリジナル・サウンドトラック)

  • アーティスト: ヒルドゥール・グドナドッティル
  • 出版社/メーカー: Deutsche Grammophon (DG)
  • 発売日: 2019/05/31
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音楽を担当したのは、アイスランドのエレクトロニカ系の音楽グループ「ムーム」のメンバーの一人、ヒルドゥール・グドナドッティル。

同じアイスランドの映画音楽作曲家ヨハン・ヨハンソンの弟子として、彼が音楽を担当した『プリズナーズ』や『ボーダーライン』、『メッセージ』などの映画音楽に参加してます。最近では『ジョーカー』の音楽を担当したことでも話題になりましたね。

 

Joker (Original Soundtrack)

Joker (Original Soundtrack)

 

 

 

もちろん実話ベースといえど「ドラマ」ですから、当然脚色はされています(エミリー・ワトソン演じるホミュックは架空の人物)。製作国は英語圏なので、登場人物たちはロシア語ではなく英語を話します(しかしなぜかラジオの音声や文字はロシア語…)

それでも極力ドラマ的な感動を抑えたのは、そういったヒロイックな「美談」に終始してしまうことによって、結果的にこの惨禍を矮小化してしまうのではないかと懸念したのではないかと思います。

ではこの作品は何を「見せよう」としたのか。

それは「真実の尊さ」です。

 

 

真実はいつもひとつ!

物語は、主人公レガソフの「ウソの代償とは?」という語りではじまり、そして終わります。作中でも度々「嘘」という言葉が使われます。

この事故の嘘とは何か。

それは「ありえない」ということ、それは「大したことない」ということ、それは「誰かのせいだ」ということ。

けれどもこの事故の「真実」は、所員によるミスや想定外の「ありえない」事態によって引き起こされただけではなく、あらゆる偶然と必然によって、起こるべくして起きたともいえる「人災」だったということなのです。

 

実は当時ロシアが採用していたRBMK炉は元々ある致命的な不備(というか欠陥というかずさんな設計というか)があったのですが、その事実が「国の威信」を盾に隠されていたために、この欠陥を所員はもちろん、原発に関わるほとんど誰も知らされていなかったのでした。

その国家の隠蔽体質に加えて、人間の傲慢さ、自己保身、無知と怠惰と過信によって被害が広がり、多くの命を奪ったのです。

 

もしも、火災が炉心の破損という由々しき事態だと事故直後に認めていたら。

早急に避難がなされ、子どもたちが犠牲になることもなく、イグナテンコら消防隊員が無防備な状態で消火活動にあたることもなかったかもしれない。

もしも、炉に欠陥があったことを原発所員が知っていたら。

そもそもイレギュラーな状況での「安全実験」など強行されるはずもなく、事故は起きず、所員たちが苦しみあぐねて死ぬこともなかったのかもしれない。

 

もちろん、歴史に「もしも」はありません。

けれど歴史から学ぶことはできます。この未曾有の事故から何を学ぶのか…。

ただ一つ言えるのは、「ウソの代償」とは命だと言うことです。

 

 

被爆国として、原発保有国として

日本でも地震津波に端を発した原発事故がありました。チェルノブイリの事故とは原因も経緯も全く違いますし、比較することはできないかもしれません。

けれど、最近の原発にまつわるいくつかのニュース(東電元幹部の無罪判決、関電幹部らの裏金疑惑)がわたしたちにさまざまな不安や疑念を抱かせます。

「真実」はどこに?と。

 

作中で度々、原爆への言及があります。例えば、「制御棒に使用されていた炭素の塊は広島の原爆の2倍の放射能が1時間毎に放出される」というように。広島・長崎の原爆がある意味放射能汚染の基準にされてるんですね。

 

わたしたちは、そういった国に生きている。それを自覚し、もう二度と同じことを繰り返さないために何ができるのか。何をすべきなのか…。それを考え続けるのが、この国に生きる我々のつとめではないのかと思うのです。

どんなに高度なテクノロジーも、所詮運用するのが人間である限りあらゆる障害や人的ミスから逃れることはできません。チェルノブイリや福島の事故のような想定外の事故が、今後絶対に起きないとはもはや誰にも言えないと思います。

その時になって、「ありえない」「大したことない」「影響はない」などと言うことがないように。

「真実」が隠されることがないように。

わたしたちは目をそらしてはいけないのでしょう、永遠に。

 

 

さて、2020年の3月には福島第一原発で事故の収束に尽力した50人の所員の方々にスポットをあてた実録映画『フクシマ50』公開されます。

日本があの原発事故を客観視するのはまだ時間がかかるでしょうが、どうか安直なヒロイズムに陥った映画にだけはして欲しくないなと思っています。

見るべきものは「美談」ではないのだから。

 

 

作品情報
  • 監督 ヨハン・レンク
  • 製作総指揮 クレイグ・メイジン、、キャロリン・ストラウス、ジェーン・フェザーストー
  • 脚本 クレイグ・メイジン
  • 音楽 ヒドゥル・グドナドッティル
  • 製作年 2019年
  • 製作国・地域 アメリカ合衆国、イギリス
  • 出演 ジャレッド・ハリス、ステラン・スカルスガルド、エミリー・ワトソン