あらすじ
片田舎の精肉店の娘サラはその見た目から同世代の若者たちから「piggy(子豚)」と呼ばれていじめられている。そのせいで人前に出ることも嫌がり内気な性格に。
ある日、誰もいない時間を見計らって近所のプールに出掛けるが、そこでいじめっ子たちから襲撃にあってしまう。着替えやタオルを奪われ、帰りにも車に乗った男たちから揶揄され、その心は深く傷つく。そんなサラが泣きながら歩いていると目の前に一台のバンが止まる。中には先ほど自分をいじめていた女子が血まみれの状態で助けを求めているではないか……!!
2018年に発表された同名短編を長編化したスペイン映画。主演女優さんやロケ地など、かなりの部分で重なっていて、上に書いたあらすじはほぼこの短編の部分と同じです。
監督は、これが長編初監督のCarlota Peredaさん。
ツイッターに主演のLaura Galánさんとのツーショットオフショ上げてて、映画観た後だとあまりの和み現場にちょっとうるってなったわ。
Buenos días. #TeamPiggy pic.twitter.com/fJTu0Vu86X
— Carlota Pereda (@Carlota_Pereda) 2022年10月17日
フィルモグラフィを見ると、ロマンチックなドラマシリーズを手掛けてたり、ホラーアンソロジーに参加してたり(上記の短編が収録されてる)と広く活躍されている方のようですね。そのせいなのか、本作はジャケットのインパクトから受けるイメージに反して(?)むしろドラマ性に富んでいて、作品そのものはそこまでジャンルジャンルしてない。主人公の心情を丁寧に追っている作品、という印象を受けました。
とは言え、しっかりと「ジャンルもの」としての嗜みも忘れていないという……。このバランス感覚がほんと素晴らしかったですね。今後もちょっと追いたい監督さんになりましたよ~。
心を蝕むボディシェイミング
「ボディシェイミング」という言葉があります。見た目を揶揄したりからかったり「痩せてる」「太ってる」など、他者をジャッジするような物言いをすることです。「デブ」「ちび」などの明らかに侮蔑的な言葉だけではなく、ポジティブな意味で発したとしても見た目にまつわる言葉は「ボディシェイミング」に当たります。「痩せてる」「色白」「鼻が高い」など、言った本人は褒めてるつもりでも、言われた方からしてみればコンプレックスを指摘されたと思うかもしれません。ていうか、どんな見た目であろうと他人には関係ないわけで、はっきり言って「余計なお世話」ですよね。
若い女性は特に「痩せている」「太っている」というジャッジにさらされがちです。雑誌を開けば細くてかわいいモデルさんたちの写真があふれ、「ダイエット」「痩せ」の文字がならんでいます(今の時代はそこまでではないのかもしれないけど、わたしが10代だった20年前はそれが当たり前だった…)。それを眺めていると、細く美しくあることを半ば強要されてるような気持ちになってきます。そして、それから外れたら、自分は失格だ、だめ人間だ、どんどんマイナスな思考に落ちていく、この悪循環……。
当然、身近な人からの心ない言葉はひどく傷付きます。わたしも経験あるのでわかりますが、体型や見た目を揶揄されることは、心のものすごく根深いとこまで蝕むものなんですよね。
本作は、そんなボディシェイミングにさらされる主人公の「外側」と「内側」の物語なのです。
名前を取り戻す
本作を観る前は、そういう見た目に関わる部分が「笑い」に代えられてるようなスラッシャーなんだろうな、くらいに思っていて若干身構えて観てたんですけど(いじめの部分はかなりしんどい)、最後まで観たらちゃんと作品そのものが「ボディシェイミング」に批判的なスタンスを貫いていて、正直、感激しました。主人公は徹底的に追い詰められるんだけど、最終的には自分自身の「ボディシェイミング」とも向き合うんですよ。ギャグに逃げずに、真摯にとらえている点もこれまでのこれ系のジャンルにはあまり見られなかった傾向ではないでしょうか。
それから、「ボディシェイミング」は言われてる本人を傷つけるだけではなく、巡り巡って言ってる本人にも跳ね返ってくる、と示している作品だと思いました。
その辺りも、本作が評価されてる所以かなと思いましたね。
あらすじの先を少しだけ言うと、拉致現場を目撃してしまったサラは、行方不明になったいじめっ子たちを探す警察や親や近所の人に「何も知らない」と嘘をつくんですね。犯人が怖かったとか、いじめっ子に対して「ざまぁ」って思っちゃった(多分)罪悪感とか、いろんな気持ちがあるんでしょうが、一番は「自分の言うことなんて誰も聞いてくれないだろう」という仄かな絶望なんですよ。見た目に自信がない、ずっと否定され続けてるサラにとって、自分の意見を言うことってほんとに勇気がいること。そもそも自分の気持ちをうまく伝えられない……そういうサラの内面の部分にこの映画はしっかりフォーカスしているんですよね。だからすごく苦しくなるし、彼女の味方でいたくなる。
それに加えて、犯人は自分に対してどうやら好意を持ってくれているらしい、なんだかそれは嬉しい気もする……というちょっとしたロマンスの空気も流れ込んでくる。
でも、さっき言ったようにポジティブな言葉でもネガティブな言葉でもボディシェイミングはボディシェイミングなんですよね。そういった様々な葛藤にさらされるサラが何をどう選択するのか?……そこが見所の作品なのかなと思います。
詳細はネタバレになるので言いませんが、サラは最後全てが終わった後に「助けて」と言うんですね。それこそ、実はずっと彼女が口にしたかった、でも言えなかった言葉なんじゃないかと思うんです。
それに気付いた時になんだか胸がいっぱいになってしまって……正直、後になってからちょっと泣けました。
それからこの映画、タイトルこそ『Piggy』で、劇中のキャラもそう呼んでるし「piggy」である主人公の物語ではあるんですが……ただ映画そのものは彼女を「piggy」と呼んでいないというか。うーん、うまく伝えられないのでこれは観てもらわないとわからないかもしれないんですけど、作品じたいが「主人公をそうは呼ばないぞ、呼ばせないぞ」っていう強い意思を持っているという感じがしたんですよね。
つまりこの映画は、「子豚」と呼ばれたサラが、本来の自分の名前を取り戻すお話しでもあったのかなーなんて思いました。
おそらく評価の高い映画なので、そのうち日本にも入ってくるだろうとは思います。ただ、本作を紹介するときに「おデブ」だの「子豚ちゃん」みたいな言葉で彼女を表現しないで欲しいなって個人的には思っています。いや、こういうのってねー、本当に難しいんですよ。文字数の関係や作品の魅力を伝えるキャッチーな表現として使いたくなる場合もあるとは思います。ちょっと一概には言えないのかもしれません。
でも、この作品の場合は内包しているメッセージとして、そういう表現を批判していると感じたんですよね。だからそれやっちゃうと、映画が伝えたいことと真逆なことになると思うんだよな……。
なので日本公開を検討している配給さん、宣伝さん、何卒よろしくお願いしますよ。
作品情報
- 監督 Carlota Pereda
- 脚本 Carlota Pereda
- 上映時間 90分
- 製作国 スペイン
- 製作年 2022年
- 出演 Laura Galán、Richard Holmes、Carmen Machi、Irene Ferreiro、Camille Aguilar、Claudia Salas、Pilar Castro