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【映画】ROMA ローマ【ネタバレ感想】思いは、空の彼方へ★★★★☆(4.5)

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あらすじ

ベレス家で家政婦として働くクレオ。厳しくも情に厚い女主人のソフィやいたずら好きだがかわいらしい4人の子どもたちの世話に明け暮れていた。ある日、主人のアントニオが長期の出張に出向くこととなり、一家は心許ない状態に。同じ頃、クレオの身にも思いがけないことが起きて…

政治的混乱と暴動デモに揺れる激動の1970年代のメキシコシティを舞台に、「ローマ」と呼ばれる地域に住む一つの家族を家政婦の目線で描いた人間ドラマ。

 

 

 

監督は『ゼロ・グラビティ』のアルフォンソ・キュアロン、2018年ベネチア国際映画祭金獅子賞受賞作です。輝かしい実績の映画でありながら、本作は映画館で観ることはできません。残念ながらNetflix限定の作品なのです。

しかしそもそも、モノクロ映画で、日本ではよく知られてもいないメキシコのある地域の、しかも家政婦の話ですよ。そんな映画がトーホーシネマズさんでかかるとは、流石にわたしも思えない…所詮は映画も商業産業。

おそらく、Netflixだから作れた映画、という側面もあるのではないかと個人的には思いました。

 

ただ言いたいのは、どんな上演形態であれ、この映画は傑作です。

何かすごい事件が起こるとか、血湧き肉躍る展開があるとか、そんな映画ではありません。キュアロンの半自伝的な要素を含んでいるということもあって、多分に物語性の低い映画であることは間違いようがありません。(この映画は、キュアロンがかつてお世話になった、家政婦のリボさんにあてられた作品だと言われています)

ですが、わたしはもう、この映画のことを思い出しただけで泣けてきます…。

最近映画館で観た映画も記憶の端で霞んでしまうほどに、素晴らしい映画だったのです。

 

 

以下、わたしが大好きな点をネタバレありで語っていきます

 

 

 

 

感動その1 奇跡のようなショットの数々

まずオープニングロール、床のタイルを背景に出演者の名前が映し出される中、遠くでブラッシングする音が聞こえてきます。どうやら掃除をしているようです。そして、タイルに水が撒かれ、吹き抜けの四角くあいた部分の水面だけに空が反射します。するとそこを、轟音とともに一台の飛行機が横切っていく…。

こうやって文字にするとなんのことはないシーンのように思えますが、これ、CGとかじゃないんですよ。

最初は「え、これ偶然?」とも思ったのですが、最後まで観て狙ったショットだったんだなと確信しました。

つまりこのシーンを撮るのに、水を撒くタイミング、空の位置、飛行機の進路、様々なものに気を配る必要があったはず。

思わずゾゾっと鳥肌が立ちましたね。「あぁ多分これ、すごい映画だわ」とこの時点で確定です。

その後も掃除は続き、次々に撒かれていく泡立った水。次第にその量は増えて波打ち、まるで寄せては返す海の波のように見える…と思ったところで、タイトルが浮かんできます。「ROMA」。

そう、「海」はこの映画の最後の舞台となる場所です。そして「飛行機」はラストシーンで登場する大事なモチーフでもあります。

最初のシーンでここまで計算されていたのかと思うと、ちょっと凄すぎるとしか言えない。

 

その後も、山火事が起きた時になまはげ的な"鬼"の格好した若者がおもむろに民謡のようなものを歌い出すのですが、その時に後ろで燃え盛った木がめちゃくちゃ良いタイミングで倒れたり、俯瞰で撮っているシーンで絶妙なタイミングで犬が横切ったりするんですよね。

また、飛行機も武術の先生が行う謎の"芸"でこれまたすごいタイミングで超絶ナイスな場所の上空を通過します。

計算なのだとしたらかなりの綿密さだし、偶然なのだとしたらキュアロン神ってるとしか思えない。そんな奇跡のようなショットを観ているだけでも、映画好きとしてはワクワクしますよね。

また、それまで人を追って動いていたカメラがパタッと静止し、何かをじっと映すカットが入る、という演出が度々あります。例えば床で盛大に割れたお椀、穴の開いた窓ガラス、閉じられたドア、泣き叫ぶ女性…などなど、そのちょっとした間が映像に緊張感をもたらすと同時に、その一つ一つがその後の物語を示唆する伏線にもなっていて、映像で見せるっていうのはこういうことを言うんだよなぁ…と「映画を観ている」という満足度は非常に高いものがあります。

そして何より、"あえての"モノクロが美しい映画でもありました。これ、多分カラーをモノクロ変換したんだと思うんだけど、コントラスト低めで柔らかみのある黒さが、思い出の写真を見ているような優しい印象を与えています。

しかし、映画自体はそういった技巧的な部分に監督の「ドヤァ」な感じは見受けられません。というより観ている間はただただ家政婦クレオと一家の動向に釘付けになってしまっていました。

 

 

感動その2 たくましい女たちの物語

クレオは大した魅力のなさそうな男と付き合うこととなり肉体関係を結ぶのですが、その後妊娠が発覚します。しかし、人の飲みかけのコーラに手を出すような男(しかも、ベッドインの直前にフルチンで棒術を披露するというナルシスト振りが気持ち悪い 笑)ですから、その後の責任など取ろうとはしません。クレオは映画を観ている最中にそのフェルミンという男に妊娠を告げるのですが、彼は「トイレに行く」と言ったまま姿を消してしまいます。

その後行方を探しに来たクレオに対しても「二度と姿を見せるな、召使いが!」と捨て台詞を吐き、クレオを捨てるのです。

男の言葉に言い返すことも出来ず、ただ黙って立ち去ることしかできないクレオ。彼女は元々意見を言ったり自分を出すタイプの女性ではないのです。

 

一方の女主人ソフィは、夫であるアントニオが自分の元から去ったことで子どもやクレオに辛く当たったり、どこか情緒不安定な一面も見せます。運転も下手だし。(というか周りに気を配るということができない人なのかも)

けれどクレオの妊娠が発覚すると、彼女を落ちつかせたり医者を手配したり、その点は母親の先輩としての頼り甲斐を見せてくれます。パーティの席で傷心に付け込もうと言い寄ってきた男にも毅然とした態度をとる強さがある女性でしたね。

 

また、2人の子どもへの接し方も対照的です。

笑う時は大声で笑い、怒る時は烈火のごとく怒るソフィは常に感情表現たっぷり。クレオは笑う時も微笑む程度で、怒るとしてもほとんど表情を変えません。特に印象深いのは末の弟ぺぺと屋上で死んだふりをするシーン。「死んでるのもいいねぇ…」とまるで縁側で日向ぼっこしているおじいちゃんのような老成さを見せる笑笑。彼女の性格とぺぺとの関係性が非常によくわかる、とても良いシーンでした。

多分、子どもたちにとってクレオは「家政婦」というより、「乳母」に近い存在なのではないかと思います。特に下の2人はクレオに抱きついたり身を預けたり、心身ともに信頼しているように見受けられます。(キュアロンの投影は多分ぺぺくんなんじゃないかな)

芯は弱いけれど慈愛に満ちたクレオと、どこか危うさのあるソフィ。この映画はそんな「2人の母親」の物語なのです。

 

家の外では暴動が起き、政治的な不安が社会を覆っていた時代。家にいる女2人にも、それぞれに悲劇が起こります。しかし彼女たちは女性らしいしなやかさでそれらを乗り切っていく。そしてきっと、彼女たちはどんな時代もたくましく乗り越えていく…そんな希望に満ちた物語でもあるのです。

 

 

感動その3 命の軽さと重さ

わたしが映画で一番印象的だったのは、クレオの死産のシーンでした。

流れ作業のように粛々と処置をしていく医師たちの勢いに負け、クレオは感傷に浸る暇もありません。そのあまりにも無慈悲な死の光景は、直前に暴動であっさりと死んでいった若者たちの姿と被ります。まるで路肩の石のように軽んじられる命。

 

しかし終盤に描かれるのはそれとは真逆の、尊い命の輝きです。

一家が旅行に出かけた先で、波にさらわれた2人の子ども。クレオは泳げないにもかかわらず、必死に海へと向かっていきます。体が勝手に動き出したのです。それは、子どもたちの命が大事だったから。子どもたちに死んで欲しくなかったから。

そしてなんとか2人を救い出し、ソフィらに感謝される中でクレオ

「欲しくなかった、産まれて欲しくなかった」と死産した赤ん坊への思いを口にします。

その後に続く言葉はきっと「だから、赤ん坊は死んだ、わたしが望まなかったから。わたしが殺したんだ」だったのではないでしょうか。

けれども皆まで言う前にソフィはそっとクレオを抱き寄せます。

「あなたが、大好きよ」と。もちろんその言葉の前にあるのは「それでも」です。「どんなあなたでも、大好き」

そう言って抱き合う彼らの姿は、逆光とモノクロの効果もあり、美しく尊い命そのものように見えました。

 

激動の時代だからこそ簡単に失われる命がある反面、だからこそ尊く輝く命がある。ラストシーンでまた空を横切っていく飛行機は、まるでそんな命を未来へと運ぶ方舟のように思えます。

映画は「リボへ」というキャプションが表示されて終わります。クレオはもちろん、キュアロンが幼い頃に慕った家政婦のリボさんそのものだったのでしょう。

彼女が救い、愛した命は未来へと繋がり、やがてこの素晴らしい映画として身を結んだのでした。

 

 

追記:クレオの家政婦としての動きがどれも素敵だった。電気を一つずつ消していくゆっくりとした所作や、受話器を渡す時にそっと服で拭く仕草もさり気なくて好きだったなぁ…。

家政婦は、見てないところでその真価を発揮する。