ファンタスティック映画主婦

雑食つまみ食い系映画感想ブログ

おみおくりの作法ーーあなたの人生、弔います。★★★★☆(4.5)

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あらすじ

民生委員のジョン・メイの仕事は孤独死した身寄りのない死者の知人を調査し、彼らの葬儀を執り行うこと。とはいえジョンが苦労して故人の親族や友人を探し当てても、葬儀に参列してくれる者はほとんどおらず、実質ジョンが一人で葬式をあげるのが常だった。ある日、ジョンは自分と同じアパートの住人「ビリー・ストーク」が孤独死したため、彼の調査に当たることになった。しかし時を同じくして上司から「金と時間を使いすぎだ」と解雇を言い渡されてしまう…。

 

 

 

 

 

 

 これはね、とても良い映画でしたよ。じんわりと沁み入る、丁寧な作りの映画です。

 主人公はイマイチパッとしない中年の公務員で、「死んだ赤の他人の知人を探す」という絵的にもかなり地味な話なのに、なぜだかすっかりのめり込んでしまいました。やはり何事も真面目に丁寧にやることが大切ですな。

 セットや小道具もおそらくこだわっているだろうなと思いましたし、画作りも配置やバランスに気を使っていると感じました。

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灰色がかったジョン・メイの職場。薄暗く狭苦しい。ジョンの自宅も似たような色調で、彼の質素な生活と孤独が表れている。どことなく漂うカウリスカマキ臭。

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シンメトリーチックな構図。こういう絵を嫌味なく自然と出してくるところにセンスを感じます。

 変な銅像とジョン・メイを並ばせてみたり、映像の中にちょっとした遊びやユーモアがあるのも好印象。

 冒頭で宗教の違う葬式を見せ、説明セリフなしにジョン・メイの仕事ぶりがわかる描写もよかった。CDを返されるシーンで葬儀の選曲も彼がしていたとわかり、ジョンが細かいところまで気の利く、思いやりの深い人柄だとわかります。

 そんな主人公、ジョン・メイを演じたエディ・マーサンが素晴らしかった。ほとんど無表情なんだけど、わずかな顔の動きだけで心情を表現する演技はお見事。終盤で見せるビリー・ストークの娘ケリーとの会合でのすっきりとした表情が、これまた素敵でね。ケリーの「ありがとう」に「仕事だから」と返したジョンは『シンゴシラ』の國村隼並にかっこよかったよ〜!!

 エディ・マーサン、『思秋期』では異常なDV夫を演じてましたが、こちらも良い演技でした。

思秋期(字幕版)

思秋期(字幕版)

 

 

 頼まれもしないのに、見ず知らずの死者の葬儀のために尽力するジョン・メイ。相手は死んでいるのだからその労力が報われることは決してない…。それでも彼が死者と関わろうとしていたのはきっと、彼自身が孤独死した人たちに自分を重ねていたから。独身で家族もいないジョンは、自分は一生一人かもしれない、いずれ自分も孤独死するかもしれない、という恐怖を潜在的に抱えている。だからこそ、そうなった時自分ならどう送って欲しいかを考えて行動しているんだよね。…なのであのラストシーンは本当に切なくて、悲しいのに愛おしくて、ボロボロ泣いてしまいました。

 ちなみに、予告編は超絶ネタバレしているので気になる方は予告編を観ないよーに!!

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 以下ネタバレ。

 

 

 

 

 

人生のコレクター、人生のプライベートディテクティブ。

 ジョンの仕事はまず、故人の部屋を捜索し、手紙や写真などからその人物の人となりを探ることからはじまります。ある女性の場合は、猫との写真やその猫からの(つもりで自分で書いた)手紙を見つけ、彼女がいかに飼い猫を愛していたかを弔辞にしたためる。そして調査が終わったら資料として使用した写真は自宅に持ち帰り、アルバムに保存します。ジョンのアルバムはこれまで関わった案件の人々の人生であり、その人々が存在していた証拠と言えるでしょう。そう、彼の仕事は「人生の収集家」なのです。 

 孤独死しているからにはそれなりに理由があります。家族と死別した、本人の行いのせいで子どもらに疎まれている、友人がいない、孤独である…とはいえ、事情があって死んだ時は一人でも、その人生に関わった人は必ずいるはずなのです。そう考えるジョンの手によって、故人の過去が紐解かれていく様はまるでさながらミステリーの謎解き。そう、彼は「人生の探偵」なのです。

 そんなジョンの実直な仕事ぶりは、葬儀屋や死体安置所の職員から一目置かれているものの、上司からの評価は今ひとつ。あまりに一つの案件に真剣に取り組み過ぎているからです。ついには解雇を言い渡されてしまいます。

 ジョンは近所に住んでいながらその存在さえ認識していなかったビリー・ストークの調査を最後の仕事とし、今までより一層力を注いで調査に当たるのでした。

 

 

明かされるビリーの過去と、変わりゆくジョンの暮らし…だがしかし。だがしかし!!

  ジョンのプライベートはいたって質素。料理は苦手なため、食事は切ったりんごか缶詰とトースト。仕事以外の人との交流は皆無。地味で孤独な毎日…。

 けれど、ビリーの調査のために駆けずり回る中で、彼の生活に変化が訪れます。ビリーの元恋人であるフィッシュ&チップス店の女店主から生魚をもらい、料理にチャレンジ(結果丸焦げにしてしまうのですが)、ビリーと軍人仲間だった老人には食事を用意してもらい(といってもいつも食べてる缶詰とトーストだったのですが)、ビリーと知り合いのホームレスと飲みなれていない酒を飲み交わしたり、…。ビリーの過去をたどっているうちに、ジョンの世界も広がっていくかのようです。ビリーに倣い、いけ好かない上司の愛車に立ちションを食らわせるなんて芸当までやってのけます(笑)。

 そして、ついにビリーの肉親である、娘のケリーを見つけ出し、ビリーの葬儀にも参列してくれるとの返事をもらいます。それだけでなく、なんとなくお互い好意を抱いているかのような様子もあり…おや、ジョンにも人生の春がやってきた!?と期待感。

 ジョンはビリーのために自分が予約していたお墓の区画を譲ります。見晴らしのいいまさに「一等地」。その時ジョンは「友人のために」と言うんですね。彼にとってビリーは調査対象ではなく、その人生を知る友人となったのです。着々と進む葬式の準備。棺桶の色や選曲をまるで結婚式のそれかのように嬉々として取り組む、ジョン・メイなのでした…。


 だがしかし!!ジョンは不注意で交通事故に遭い、死んでしまうのです!!

 これまでのジョンなら交差点では左右確認を抜かりなく行い、常に注意を怠らなかったのに…。ケリーと親しくなったジョンは、お店でお揃いのマグカップを買い(しかも、犬の収容施設で働くケリーのために犬柄をチョイスしたんだよ!ジョン…切なかわいいよぅ泣)、ウキウキ気分で急いで帰りのバスに乗ろうと、思わず道路に飛び出してしまったのです…うぅぅ、なんたる皮肉。

 

 

流されたその涙が、彼のためのものではなくても。

 ビリーの葬式当日。そこには娘のケリーのほか、パン工場の元同僚、軍隊仲間、元恋人とその子と孫など、ジョンが訪ね歩いたビリーの知人たちが集っていた。ケリーは周囲を見回してジョンの姿を探そうとするが、そこに彼の姿はなく、共同墓地に一つの棺が埋葬されているところだった。もちろんそれがジョンの棺だとはそこにいる誰もが知る由もない。彼らはビリーを悼んで涙する。けれどもその涙こそ、彼らを繋げてくれたただ一人の男への「最大の弔い」だったはずだと、わたしは思うのです。他人の死に寄り添い続けたジョンにとってこの葬儀は最初で最後の大成功例だったはずだから…。そして彼は新たな繋がりをケリーらに与えたのです。 

  皆が帰った後、どこからともなくジョンの墓に人が集まってきます。彼らはジョンが心を込めておみおくりをした死者たちでした。彼らはその死を無言で悼む。ジョンがかつてそうしてくれたように…。

 


 この終わり方はハッピーエンドではないですし、悲しくて「そんなんありかー!」って感じなのですが、でも不思議と嫌いじゃないんですよ。わたしは、主人公や主要人物がラストで唐突に死ぬ話は作り手のドヤ顔(こんな話だと思わなかったでしょ〜?)が見えてイラっとすることが多いんですが、本作はそれまでの作りがとても丁寧なので、すんなり受け入れられました。そして、なぜだか鑑賞後は晴れ晴れとした気持ちに。長く会ってない友人がふと、恋しくなりました。