あらすじ
幼い頃に両親を亡くしたポールは言葉を話すことができない。
風変わりな双子の伯母たちにピアニストになるべく育てられるが、コンクールで優勝するには出場年齢の上限である今年が最後のチャンス。ある日、ポールはひょんなことから、階下に住むマダム・プルーストの謎のハーブティー療法を受けることに…。
「『ベルヴィル・ランデブー』や『イリュージョニスト』のシルヴァン・ショメ監督による初の実写作品」と聞いて気になってたのですが、劇場には行けず、遅ればせながらやっとこさ観賞しました。
あまり情報を入れずに観ましたが、逆にそれがよかったみたい。
遊び心溢れる映像、愉快な音楽、意外なストーリー展開。ジャン・ピエール・ジュネやウェス・アンダーソン辺りが好きな人は好みな映画だと思います。
わたしには大好物でした。
ネタバレあります。ご注意ください。
これは、「記憶」についての物語
記憶というのは時に脆弱なものです。自分の思い込みや他者からの影響で簡単に塗り直される。
都合のいいことところだけを編集してつなぎ合わせたり、逆に前後の文脈はすっ飛ばして楽しい(もしくは嫌な)部分だけを切り取って見せたり。美化したり、悪化させたり。
でも記憶そのものが消えるわけじゃない。ペンキで何度塗り変えようと、その下にある壁の色は永久に消えることはない…
本作は、そんな記憶の物語なんですね。
自分が今持っている(と思っている)記憶ではなく、忘れてしまった、もしくは上書きされた記憶の。
ポールは父親を嫌っているらしい。
母アニタのことは大好きで、両親の写真は母の部分を切り取り、大切にしている。でもね、捨ててはいないの。父親の思い出を。
母の物とは違う別の箱に入れて、保管している。それは多分、潜在的には父親を憎んでも嫌ってもいないということなんだと思うんです。冒頭の父親のシーンも、おそらく脚色や思い込みがあったのだろうと思います。実際にああやって父親に泣かされたことがあったのかもしれないけれど、2歳の時点でのポールはアッティラが大好きだったのだから、あんな悪夢にはなるはずはないんです。
双子の伯母さんたち
父親を嫌うようになったのはもちろん、伯母さんズがアッティラを悪く言うのを聞いていたからだろうと推測します。
嫌いな人間はとことん嫌う伯母さんズですから、幼いポールの前でも死んだアッティラの悪口ばかり言っていたのでしょう。でもポールへの影響を計算していたわけではないと思います。ちゃんとアッティラも写っている両親の写真をポールにあげているしね。悪い人たちでは決してないのよ、ただ残念なおばあちゃんたちなの(笑)。
そんな基本善良な?無策略伯母さんズですが、両親の死については意図を持って隠します。真実を知ったらポールはピアノを弾かなくなってしまうから。
二人はポールをどうしてもピアニストにしたかったんですね。そして多分、真実を知ったらポールが離れていってしまうかもしれないから、と言う気持ちもあったんじゃないかなと。伯母さんズも彼女たちなりに、ポールを愛しているんだと思うんです。直接手を下したわけではないにしろ、彼女たちが両親の死の原因の一つなのだから、それを知られるのは、二人にとっても辛かったのではないかと。それに、妹アニタのことが大好きだったんでしょう。
伯母さんズもまた、アニタとアッティラの死を乗り越えられずにいたんだと思います。
さて、この伯母さんズはじめ、この映画の登場人物たちはとても個性的です。
いや、そんなもの通り越して頭の具合を疑いたくなるようなイタイ人ばかり。でも、決して悪い人ではないんです。
うかつすぎて秘密を暴露しちゃう盲目の調律師、発言が電波なコンクールの審査員、初対面でいきなり童貞処女問答をはじめる女の子。マダム・プルーストはのっけから家宅侵入までします。おいおい。
彼女の造形はいくらか難ありで、行き過ぎの感もあるのですが、台詞にもあったように道化役と見るならばあれはあれでいいのかな…家宅侵入した時はこいつ金目の物を盗る気だな!って思ったもんね(笑)。
記憶は残酷で、優しい。
さて、終盤の展開。
両親が本当はとても仲睦まじかったこと、自分も父親が大好きだったことを「思い出した」ポールはピアノコンクールで初優勝。しかし、実は両親を死に至らしめたのがそのピアノだったことを知ってしまいます。
それは思わず指を痛めたくなるほどの絶望。そして追い討ちをかけるように飛び込んできたマダム・プルーストの訃報…。
失意の中、彼女の墓を訪れます。修理した彼女ウクレレを置き、その場を去ろうとしたポールの耳に聞き覚えのある調べが。なんと雨だれがウクレレの弦を爪弾いていたのです。木漏れ日を見上げ、笑みを浮かべるポール。ここは幻想的でとてもきれいなシーンでした。
ポールはウクレレ教室を開きます。そこには両親の友人の浮浪者の姿も。処女問答の(笑)ミシェルとの間に子どももでき、ウクレレ大会のためハワイに降りたったポールは、我が子に向かって初めての言葉を発する。それはかつて言おうとして言う機会を逸してしまった、「パパ」という言葉…。
ポールが取り戻した記憶は残酷で、とても悲しいものでした。でも、同時に両親の愛を感じることのできる優しいものでもありました。
わたしのも記憶の裏側に隠されて忘れてしまった、そんな「思い出」があったように思います。特にそれは両親とのこと。
本作を観て、なぜか無性に親に電話をしたくなりました。
いい映画だった!
こうやってストーリー思い返してみたらかなり様々な要素が含まれていて複雑なはずなのに、すべてがきれいにまとめてあってお見事でした。
ポールの過去が明かされていく過程はなかなかにスリリングで、両親の死の謎ときはミステリーを読み解くようでもあります。最初は伯母さんズがポールをピアニストにするべく両親を…?なんて思ったりしたけど(笑)、まさかの超展開。盲目の調律師が「このピアノ、何がおかしいんだ?」というのが伏線になっていたわけですね。
母アニタの言っていた「計画」が夫婦でのプロレス参戦で、DVだと思っていたのがそのプロレスの練習だったというまさかの展開には爆笑しつつも心温まりました。
それじゃら、小道具もとても凝っていて、見ていてわくわくしましたね。
ポールの机の箱庭とか、マダム・プルーストの部屋のインテリアとか、ピアノの装飾とか、どれもかわいらしい。それから伯母さんズの衣装も素敵だった。
そして何より主役の方が素晴らしかった!
併録されていた監督のインタビューで、ポール役と父親アッティラ役が同じ俳優さんだと判明。驚きました。いや、全然違う人でしょ!役者ってすごいな。
あんなハーブティーねーよ!とか、あんな死に方ねーよ!とか、双子とはいえあんな歳になってもお揃いの服着ねーよ!とか、そもそも33にもなって母親の思い出引きずってるなんてどーかしてるよ!とか突っ込まずに観賞できる方はきっと最後まで楽しめる映画だと思います。その辺りに拒否反応がある方はおそらく最後まで乗れないかなと…。
人への愛に溢れた、優しい映画だったと感じました。好みは分かれるでしょうが、わたしは観てよかったです!
ハーブティーが飲みたくなる☆
小道具が素敵★★★★★
親に電話したくなる★★★★
総合★★★★★(5)
音楽もすごくよかったなぁ~。
原題のタイトルでもある、耳に残る主題歌「アッティラ・マルセル」は同監督のアニメーション映画『ベルヴィル・ランデブー』の中の劇中歌。インタビューによると、この曲から今回の映画が作られたとのこと。
おばあちゃんが大活躍する映画です(雑)!
作品情報
- 監督 シルヴァン・ショメ
- 製作総指揮 フランソワ=ザヴィエ・デクレーヌ
- 脚本 シルヴァン・ショメ
- 音楽 シルヴァン・ショメ、フランク・モンベレ
- 原題 ATTILA MARCEL
- 製作年 2013年
- 製作国 フランス
- 出演 ギヨーム・グイ、アンヌ・ル・ニ、ベルナデット・ラフォン、エレーヌ・ヴァンサン