DVDは「白い花びら」(画像下半分のモノクロ映画)と併録
あらすじ
友人も恋人もいない孤独な男、アンリ・ブーランジェ。彼はリストラにあったのを機に自殺を決意するが、ことごとく失敗。確実に死ぬ方法を求めた彼は殺し屋を雇って自分を殺してもらおうと考える。
大枚をはたいて、殺し屋の元締めと契約を交わしたアンリ。しかしその翌日、初めて入ったバーで花売りのマーガレットと恋に落ち、生きることに希望を見出し始める。そんなアンリの背後にはすでに殺し屋の影が迫っていた…!
カウリスマキがイギリスで撮りました(イギリス映画とは言ってない)
フィンランドの名匠アキ・カウリスマキが初めて母国を離れ、イギリスで撮った作品。
主人公アンリ・ブーランジェを演じるのは、フランスの名優ジャン=ピエール・レオー。「大人は判ってくれない」で鮮烈なデビューを飾った彼はその後のトリュフォー作品に多く出演し、一躍ヌーヴェルヴァーグの寵児となりました。
本作ではフランスの色男がすっかりカウリスマキ色に染まって、仏頂面の孤独な男を演じています。
全編英語ですが、主人公が英語を母語としていない人なので、アクセントや発音が少し不自然な感じ。けれどもそれが逆に心地よいんです。作品全体を覆うふわふわとした異世界「感」に見事にはまっていると思います。
てか、こちらも『レニングラードカウボーイズゴーアメリカ』同様、はっきり言ってイギリス「らしさ」は皆無なんですけどね…(笑)
ネタバレしています。ご注意ください。
カウリスマキ流コメディ描写が満載
アンリは真面目で実直な男だけれど、家族も友達も恋人もいない。職場でも、皆が和気あいあいと昼食をとっている横で独り。とは言え孤独でいたいわけではなく、仲間に入りたい気はあるんだけど、どうしたらいいのかわからない、といった様子。
カウリスマキ映画の典型的な付き合い下手(今でいう「コミュ障」ですな 笑)人間です。
家に帰って自分で湯を沸かし、独りお茶を飲む。唯一の気分転換は屋上(ていうかただの屋根上)に置いてある鉢植えの水やりだけ…。
ある日アンリは働いていた水道局で、外国籍であることを理由にリストラの対象となる。かなり理不尽な対応をされているのに、彼は抗議することも、声を荒げることもなく、おとなしく従うんですね。ちょっとだけ「え!」って顔するんだけど、目を見開いたレオーの表情がなんだか可笑しくて笑えます。
退職の記念にと渡されたのはちゃちな金時計(しかも壊れてる)。
もーう何もかも嫌になった!って気分でその足でロープと壁掛けフックを購入。大家さんに「引っ越すので荷物は処分して」と告げて、首を吊るもののフックが外れて失敗。そんならガスだ!とガスオーブンに頭を突っ込んだところ…ガスが止まる。運悪く(運良く?)ガス会社のストライキが始まったそうです〜(笑)。
この辺りの一連の件、間とか含めて全部コントみたいなの(首吊りに失敗して床に倒れてがくーんとなるとか、イラついてガス台殴ったら上から物が落ちてくるとか)。
画や間合いで笑いを取る感じ、いかにもカウリスマキだなぁ。
思いつめたアンリの目に、飛び込んできたのは新聞見出しの「コントラクト・キラー」(殺し屋)の文字。「これだ!」と目を輝かせるアンリが単純すぎてかわいい!
早速タクシーの運ちゃんにごにょごにょ言って、ゴロツキどもが集まる寂れたバーに案内してもらいます。案外簡単だな(笑)。そんないかがわしげなバーでアンリが注文するのは、「ジンジャーエール」!
そして明らかに場違いな自分を怪訝そうに見ている店内のチンピラに「俺の国じゃ、こんな店朝食に食うぞ!」と恫喝してみせる(爆笑!)。
それで引き下がるチンピラたち、お前らもよっぽどおかしいぞ(笑)!
バーの裏部屋に連れて行かれたアンリは、殺しの対象者の写真(つまり自分の)を元締めに渡します。
自分でやれば?なんで死ぬの?なんて問答がありつつも、お金を支払い、早く済ましてくれるよう頼みますこれで後は殺されるのを待つばかり。
とは言えそんなにすぐ殺し屋がやってくるでもなく。ただ家で待っているのも落ち着かないので、向かいのバーに行ってみることにします。多分今まで入ったことないんでしょうね。「紅茶を一杯」なんて頼んで、「うちには酒とビールしかない」と言われちゃう(イギリスじゃビールは酒じゃないらしい。…って本当か?)。
ならば、と頼むのがウィスキーダブル。
お酒飲まないって言ってたのに!案の定、次のカットでは完全に酒に飲まれてます。煙草にも手を出し、もはや死ぬどころか、人生を謳歌するアンリなのでした(笑)。
恋に落ちたコミュ障
そんな良い頃合いに、店の中に花売りの女がやってきます。赤いバラの入ったカゴを持ち、客に声をかけながらアンリの前にもやってきます。そこでアンリ、何を思ったか彼女に声をかけるのです!おそらく、人生初のナンパです!
しばらく飲み交わした二人。女の名はマーガレット。住所を教えてもらい、額に口づけまでされて、もう有頂天。文字通り、メロメロです。人生、楽しい!!
しかし、そんなアンリを窓越しに見つめる殺し屋の姿が。その後ろ姿はむしろ獲物を狙うホラー映画の殺人鬼ですよ…(笑)。
マーガレットと恋に落ち、生きることに前向きになったアンリはもう死にたくない。けれど、殺し屋事務所に行ってみると、バーは取り壊されていてもうなくなっていて、暗殺のキャンセルもできない!
二人はマーガレットのアパートで殺し屋の襲撃を受けますが、マーガレットの機転(必殺花瓶ドロップ!)で何とかかわし、ホテルへと逃げます。
八方ふさがりのアンリはバーで殺し屋事務所で出会った二人組のチンピラを見かけます。二人の後を追って宝石店に入ると、チンピラは絶賛強盗中。アンリに罪をなすりつけ、二人組は逃亡してしまいます…。
無実であるにもかかわらず、指名手配されてしまったアンリは、マーガレットを案じながらも姿を隠して再び孤独に生きようとします。…ハンバーガー店で働きながら(笑)。そんなアンリを探し出したマーガレットは、国外へ逃げて共に生きようと告げます。
マーガレットとの国外逃亡の日。再びアンリの前に殺し屋が現れます!追い詰められ愕然とするアンリ。しかし、末期癌に侵されている殺し屋は「勝ったのは俺の方だ」と、自らに銃を向けて発砲します…。
強盗のチンピラ二人組も逮捕されて、そのことを知ったマーガレットがアンリと再会。めでたしめでたし。
ラストシーンは朝焼け(夕暮れ?)を窓からアンニュイに見つめるハンバーガー屋のおやじ(セルジュ・レジアニ)が映ってエンドでした。
とにかく、セリフがいい。
カウリスマキ映画の登場人物たちは基本無口で無表情。極端にセリフが少ないからこそ、一言一言が印象に残る。本作は特にそんな気がしたな。
そしてまたみんないいこと言うんだ!
自殺したがるアンリにチンピラは(ビールが注がれたただのバーの粗末なグラスコップを手にしながら)
「この美しいグラスが死を望んでるか?」
失業中だから付き合うのを待って欲しい、と言うアンリに、マーガレットは
「ばかね、女はそんなこと気にしないわ」
戯れな諍いでマーガレットの部屋を出る時、アンリは
「別れは恋しさを募らせる、いい事だ」
国外逃亡を渋るアンリにマーガレットは
「労働者階級に祖国なんて必要ないわ」
などなど、口を開けば名言のオンパレード。
タイトルに使った「神を信じなければ地獄は存在しない」は、余命幾ばくもない殺し屋に向かって主治医(?闇医者っぽい)が、言うセリフ。かっこよすぎるだろ!
殺し屋もいいんだな~
一応主人公はアンリですが、話が進むにつれ殺し屋にもスポットが当てられていくと、段々殺し屋の方に感情移入したくなっちゃうんですよね。
彼は中学生くらいの娘がいて、離婚したのか離れて暮らしてる。男やもめを心配して娘は父の様子を見に来るんだけど、病気の悪化を悟られたくない殺し屋は「もうここへは来るな」と追い返すんです。泣ける!
殺し屋を演じたのはイギリスの俳優、ケネス・コリー。渋くてやさぐれた感じがとても素敵でした。
だから最後、彼が自分の腹に銃を撃ち込んで死んじゃったのはかなり切なかったなー。できれば殺し屋にも幸せになって欲しかった!なので☆は0.1マイナス。
でもやっぱりカウリスマキ、いいなー。最高だなー。大好きだ!
ハードボイル度★★★★
ハッピーエン度★★★★
イングラン度★★
総合★★★★☆(4.9)
作品情報
- 監督 アキ・カウリスマキ
- 原作 ペーター・フォン・バッグ
- 脚本 アキ・カウリスマキ
- 製作年度 1990年
- 製作国 フィンランド、スウェーデン
- 原題 I HIRED A CONTRACT KILLER
- 出演 ジャン=ピエール・レオ、マージ・クラーク、ケネス・コリー、ジョー・ストラマー、セルジュ・レジアニ