あらすじ
親友グレースの葬儀を終えたオーブリーは喪失感を抱えたまま、グレースのアパートに忍び込み一夜を明かす。しかし朝目覚めると、空から何かが飛来した形跡が見られ町は静まり返っていた。しかも逃げ惑う人の後を追うと謎のクリーチャーに襲われているではないか!
何が起こったのか理解できないオーブリーに無線機の声は語りかける「目を閉じてドアの前に行け!」
やがて親友のアパートで「世界を救う」と書かれたカセットテープとその在りかを記した地図を見つけたオーブリーは、クリーチャーの襲撃をかわしながらカセットを集めていくが……
昨年から一部界隈ではかなりの盛り上がりを見せていたA・T・ホワイト監督の長編デビュー作『Starfish』。やっと観ることが出来ました!
確かにこれは、多くの人から支持されるのも納得の作品でしたね……。
すごくセンスに溢れていて、独特の世界観。観ている間はこれはいったい何なんだろう?と思っていたんだけど、終盤の余韻が素晴らしくて(音楽がシガーロスですよ)、観終わってからじわじわと感動が込み上げてくるタイプの映画です。
実際、エンドロールが終わってから、ちょっと泣きました。
『starfish』
— ナオミント (@minmin70) 2021年5月7日
親友を亡くし失意にある女性が体験する、詩的で内向的な終末もの。クリーチャー、アニメーション、メタ的表現でパーソナルな物語を紡いでいく…
カセットテープ、ラジオ、無線機。物語を彩るレトロなガジェットに監督のセンスが伺える
空っぽで満たされる、音楽と映像のセラピーマジック pic.twitter.com/Xs21Xc3H8b
ちなみに、わたしは「Tubi」という動画アプリで観ました。
Tubiは、北米のTV番組や映画を観ることのできる無料動画アプリなんですけど(gyaoと同じで途中に広告が入る)、古い映画やマニアックなTV映画、日本未公開の新作なんかも時々配信されてたりもして、思わぬ掘り出し物に出会えることもあります。
日本語字幕がついているのもはほとんどありませんが、映画好きなら入れておいて損のないアプリだと思いますよ!
無料ストリーミングのアプリっていろいろありますけど、個人的には一番使いやすいんじゃないかと思いますね。(決して回し者ではない)
傷心を癒す創作セラピー
さて、『Starfish』の話。
映画冒頭、「BASE ON A TRUE STORY」と出てきます。そしてこの映画は最後のテロップにある通り2014年に癌で亡くなった監督の友人「サヨコ・"グレース"・ロビンソン 」さんに捧げられています。
当然クリーチャーがtrue storyなわけないですから、監督が近しい人を失った時の経験からきた、とてもパーソナルな物語なんでしょうね(親友の死は監督の離婚とも同時期だったようで、心の拠り所を失ったホワイト監督の心中を慮ればクリーチャーが登場するのもさもありなんという気がします)。
インタビューによると、ホワイト監督は映画学校で「セラピーを含む」創作クラスにいたようで、恐らくこの作品もその延長にある作品なのかなと思います。
あと、監督はミュージシャンとも活動しているそうで、映画の音楽も担当してます。使用される楽曲もめちゃくちゃいいですよ。
Starfish (Original Motion Picture Soundtrack) - Album by A.T. White | Spotify
プレイリストもありましたので気になる方は是非どうぞ。
Starfish Movie - Sci Fi 2019 - playlist by jimohio | Spotify
心がほぐれるようなサントラになってますね。
とは言え、作品にはスマホもパソコンも登場しません。出てくるのはダイアル式の固定電話、ラジオ、無線機、レコード、そしてカセットテープです。
まるで時代に逆行したかのようなこうしたセットが心の殻に閉じ籠る主人公の内面を表現しているようでもあります。
雪に覆われた小さな町という舞台設定も「閉じた世界」を表すのにぴったり。
クリーチャーも、襲いかかってくる狂暴そうな人型も良いですが、空をゆっくりとたゆたう大型のもすごくきれいで好きでしたね(出番は少ないけども)。『ミスト』とか『モンスターズ/地球外生命体』の終盤に出てくるやつみたい。
それから、監督は日本のアニメや文化が好きなようで(好きなアニメは「人狼」らしい)、随所に日本びいきな小道具や演出があるのも楽しいです。途中に入るアニメーションを担当したのも日本人のアニメーターの方です。
ちなみに、オランダの風車小屋ホラー『風鳴村』で抜群の存在感を見せた石田淡朗さんも出演してます(監督の過去の短編にも参加しているようです)。
「世界を救う」ということ
もうすでにほぼネタバレみたいになっちゃってますけど、要するにこれ、世界終末ものっぽい体でありますがここでいう「世界」は、「自分の世界」そのものなんですね。
主人公のオーブリーが親友のカセットテープに残されたメッセージを見つけ出して救うのは、あくまでも「自分の世界」なのです。
ただ、この救いの方向がまた独特でね……それは「世界を元に戻そう」とする通常の試みとは大きく異なるもので、映画のラストに示された映像をどう捉えるかは、観客の手に委ねられていると感じます。
誰かを失った時、深く傷ついた時、誰もが前に進もうとします。前向きに生きよう、悲しみから抜け出そう、と。
でも、誰もがそうできるわけじゃない。
この映画は、一つの「癒し」の方法を提示しているとも言えます。
ちなみに、タイトルのstarfishは「ヒトデ」ですが、いわゆる「マグロ(セックスの際に積極的でない人、主に女性)」を意味するスラングでもあります。
受け身の人、消極的、といったネガティブな意味で使われる言葉ですが、観終わったあとにはヒトデも悪くないなぁ、と思うはずです。
ちなみにヒトデは、高い自己修復能力を持つ生物としても知られています。
自分を癒せるのも救えるのも、結局は自分だけ、なのかもしれません。
本作の利益は癌研究に寄付されるとのこと。きっとこれもまた、監督なりのセラピーなのでしょう。
作品情報
- 監督 A・T・ホワイト
- 脚本 A・T・ホワイト
- 音楽 A・T・ホワイト
- 製作年 2018年
- 製作国・地域 アメリカ
- 出演 ヴァージニア・ガードナー、クリスティーナ・マスターソン、エリック・ビークロフト