あらすじ
ごく平凡な会社員トーマスは休暇に家族でスキー旅行へ出かける。しかし作家の妻とは倦怠期、娘は絶賛反抗期中だ。その上、成り行きで旅行に上司の娘ザラを同行させることになってしまい、猛反対する妻と娘との仲はますます険悪に。なんとか4人でスキー場に着いたもの、その夜娘とともに地元の若者とのパーティに出かけた先で、ザラがレイプ被害に遭ってしまう。ザラに「誰にも言わないで」と懇願されたトーマスは、秘密裏に収束を図ろうとする。しかし、事態は思わぬ方向へ…。
わたしはいつもレンタル屋さんで新作を借りる時、「5本で1000円」のセット割を活用しているのですが、時々あと1本がどうにも決まらない時があります。
で、そういうときは大体ジャケ借り。今回もなんとな〜くこのジャケットが気になりまして。
物憂げな顔をした男に、タイトルが「まともな男」ですよ。どう見てもまともな映画じゃねぇな?っていう 笑笑。どうやらスイスの映画らしい、お話もなかなか面白そう、ということでそこまで期待せずに借りてきました。そしたら、
これが大正解!!!
ひゃっほー!めっちゃ面白かった!
ジャケ借りって、皆さん経験あると思うんですが結構当たりハズレあるじゃないですか。思ってたんと違う…ってなることもあったりして。
まぁ今作もわたしが勝手に想像していた話とは違ったんですが、いい意味で期待を裏切られましたね。いやーまじで借りて良かった。
嘘と後悔が悲劇の雪崩を引き起こす、覆水盆に返らず映画
ちょうどこれと同じ時に『フレンチアルプスで起きたこと』のリューベン・オストルンド監督の『ザ・スクエア』を借りてきたんですが(これもめっちゃ良かったわ〜)、ベクトルは違えど描いていることは近いものがあるなぁ、と感じました。
どちらも主人公のちょっとした言動が思わぬ方向へ転がっていく映画なんですよね。わたしはこういう映画を「後悔先に立たず映画」とか「覆水盆に返らず映画」とか勝手に呼んでるんですけど、今作はその「思わぬ方向」の行き着く先がほんとクソ過ぎて(ベタ褒め)、もう最後は頭抱えちゃいました。
「主人公はどうすればよかったんだろう?どの時点で間違えちゃったんだろう?」「もしも自分が主人公の立場なら?女の子の立場なら?」とかいろいろ考えちゃいましたね。
観終わった後にこうやって考えちゃうのはいい映画だった証拠。
でもある意味この映画、最後はハッピーエンドです。だからこそ、めちゃくちゃムカついて、クソったれで、最高。
スイスの雪山という、ゴツゴツと険しいのにどこか牧歌的なロケーションもまた、目指す理想とかけ離れていく厳しい現実を反映しているようで、最後にその山を降りてきた時の悲壮感といったら…やっぱり最高。
映画に幸せや希望を求める人にはおすすめしませんが、先に挙げたリューベン・オストルンドやミヒャエル・ハネケなどの、心臓がゾワゾワするような後味の悪い映画がお好きな方にはおすすめです。是非!
『まともな男』
— ナオミント (@minmin70) 2018年10月25日
面倒を嫌う事なかれ主義の男。上司の娘との家族旅行で起きたある事件。その時男のとった行動が悲劇の連鎖を巻き起こす…それは優しさか?自己保身か?
スイスにこんな傑作があったなんて知らなかった😱ハネケ、リューベンオストルンド系の胸糞心臓ゾワゾワ系。超嫌な感じ!おすすめ◎ pic.twitter.com/iFIykLtwh5
以下ちょいネタバレ。
人は自分のために嘘をつく
本作の主人公トーマスは絵に描いたような「事なかれ主義」で、諍い・口論・話し合い、などの人と人とのコミュニケーションにおける「面倒」をことごとく嫌う人間なんですね。まぁ誰でも多かれ少なかれそういうところはあると思いますけど。
トーマスは、執筆が捗らずにイライラをぶつける妻に対して文句の一つも言わないし、反抗的な娘にもすぐ言いくるめられるし、離婚している上司から娘の世話を押し付けられても二つ返事で承諾しちゃうし、若干DQN気味な地元の友人にもどこか遠慮気味。
このね、このトーマスの優柔不断ぶりっていうか「似非いい人ぶり」が、実にいい感じにイラっとくるんですよね。理不尽なことを言ってるのはトーマスの周りの人間なのですが、それを絹豆腐みたいにスルッと受け入れていくトーマスを観ていることで、逆にこちら側にフラストレーションが溜まっていきます。
その地元のDQN気味友人の息子がセヴェリンって20歳くらいの子で、娘は彼にちょっと気があるっぽくて、セヴェリンが参加するパーティに「わたしも行きたい!」と言い出すんですね、15のガキの癖に。で、その時のトーマスの返答が「ママがダメって言うから」と、自分の意見は言わずに妻の判断を押し付けるという…。いや、わたしは家父長制クソくらえ派ですけど、この答え方はアウトじゃね?
で、結局は押し切られて娘とザラをパーティに行かせちゃうっていう…。もうここまでくると、この人は「優しい」とか「お人好し」とかそういうタイプの人間ではないんだな、と思いはじめる。
ザラがセヴェリンにレイプされたことがわかっても、「誰にも言わないで、警察にも行きたくない」という彼女の言葉にトーマスは「君がそう言うなら」と答える。そして彼女のためにアフターピルを買いに行ったり、妻や上司に嘘をついたりするわけです…ザラがそれを望んだから。
でも、本当にそれだけだったのかな?いや確かに最初は善意から傷ついたザラのために尽力したと思いますよ。
でも、「自分が行かせたパーティで、上司の娘が暴行されたと皆んなに知られたら、妻や娘、上司になんと言われるだろうか?」…そんな不安がトーマスの頭をよぎったのではないでしょうか?
トーマスは一見すると温厚で優しい、「いい人」に見えます。頼まれれば断ることはないし、何事も「穏便に」対処しようとする。
でもそれって、結局誰のためなんだろう?っていうね。
クソ野郎しか出てこない!
トーマスは、ザラのレイプ被害を警察に言わない代わりに、加害者であるセヴェリンの親、自分のDQN友人に「お前の息子がレイプしたらしい」と話しちゃうわけです。
ゥオイ!!なぜ!よりによって!!コイツに話すんだよ!!!
トーマスとしては穏便に解決したいという気持ちだったのでしょうが、この親がまじでクソで、「あいつは就職も決まってるんだぞ!その女が勝手に言ってるだけだろう?そんな女にめちゃくちゃにされてたまるか!カエレ!o(`ω´ )o」とか言う。死ね。
セヴェリンも、「え〜だって酔ってたし〜嫌がってなかったし〜」と大して悪びれる様子もない。おいおい、初対面の15歳に生で中出ししといてそれかよ?死ね。
そしてトーマス。心境が変化し「やっぱり警察に行く」というザラに「いや、いろいろ聞かれるよ?車の色とかわかる?やられたのは車の前?後ろ?…いや、スポーツカーに後部座席はないよ」と尋問口調で暗に通報を諦めさせようとする。挙句、何を思ったのか、セヴェリンに謝罪させて「和解しようじゃないか」など言って、握手させようとするのだ。バカなの?
これ一番やっちゃいけないパターンじゃん!!
案の定というかなんというか、激昂したザラは、その場を走り去り逃げ出してしまいます。トーマスが追いかけると、ザラはスキー場のゴンドラで、警察に電話をかけようとしていました。「警察はまずい!」思わず駆け寄るトーマス。その結果またしても悲劇が…。
トーマスともみ合いの最中、ザラが誤って崖から転落して意識不明に陥ってしまうのです!
…しかし、それは「悲劇第2章」の幕開けに過ぎません。この後にも二転三転と「雪だるま式連鎖悲劇」がトーマスと、周りの人間に起こっていきます。
ただ、それをここでは皆まで書きません。
彼が起こす悲劇と彼に降りかかる悲劇を、できればみなさんにも見届けていただきたいと思います。
最後まで観て、スカッとするか?もやもやするか?落ち込むか?それとも…?人それぞれだと思いますが、きっといろいろ考えたくなるはずです。
まともな人間って?
実はトーマス、酒に酔って車に乗り、ムカつく同僚の車に突っ込むという暴力行為を行った過去がありました。温厚で事なかれ主義で、諍いを好まない人間であるにもかかわらず。…いやおそらく逆で、怒りや情念を心の奥底に隠しているからこそ、お酒やふとしたきっかけで爆発してしまう人間だったのかもしれません。
じゃあ彼は「まともな人間」じゃなかったのでしょうか?
…きっとそんなことはないでしょう。人間誰しも「自分はまともだ」と言いながら、取り返しのつかないミスを犯し、その取り繕いに日々を費やしながら生きているものだとわたしは思うのです。
確かに、トーマスは間違いを犯しました。きっと最初の段階で、警察に通報していれば後の悲劇は防げた可能性はあります。その後も何度もリカバリーできるチャンスはあったのに、「自己保身」や持ち前の「事なかれ主義」が邪魔して正しい方向とは真逆の道へ進んでいってしまったのでした…。
監督のミヒャ・レビンスキーさんはインタビューでこんなことを言ってます。
この映画は、ある1つの質問を中心に展開する。「自分が犯したわけではない犯罪に気付いたとき、人はどうするか。どの時点でただの傍観者ではなく、共犯者になるのか。」この題材で僕の心から離れなかったのはこの質問なんだ。
映画『まともな男』- プロダクションノート
また別のインタビューで、
脚本段階でリサーチをした結果、このような事件があった時に警察に届け出る確率は約5%だそうです。残りの95%はそのままにしているという現状を知った時に、正直、驚いてしまった記憶があります。
とも語っています。
犯罪を隠すためについた嘘は、結局のところ自分を貶めることにもなりかねない。後悔に苦しめられながら生きることになるかもしれない。
もしこんな状況に遭遇したら、決して嘘をついてはいけない。
それが、「まともな人間」のやり方なのです。
あなたは、まともな人間ですか?
…わたしは………。
作品情報
- 監督 ミヒャ・レヴィンスキー
- 脚本 ミヒャ・レヴィンスキー
- 音楽 マルセル・ブラッティ
- 製作年 2015年
- 製作国・地域 スイス
- 原題 NICHTS PASSIERT/A DECENT MAN
- 出演 デービト・シュトリーゾフ、マレン・エッゲルト、アニーナ・ヴァルト
- 映画『まともな男』 公式サイト - カルチュアルライフ