あらすじ
フランス北部のカレーで豪華な邸宅に3世代で暮らす、建築会社を経営する裕福なロラン家。母親が入院したエヴは、別居していた父親とともに一家と暮らすことになる。表向きは移民の使用人を持つ優雅な暮らしをする一家だったが、皆それぞれに問題を抱えていた。父は家族には見せない裏の顔を持ち、叔母は不甲斐ない息子の行く末を案じ、痴呆の進む祖父はある計画を胸に秘めていた。そしてエヴも、自身の心の闇をSNSを通じてインターネットに吐き出している。
ある建築現場での崩落事故を機に拡がりはじめた一家のほころび。それはついに幸せの舞台で、思いもよらない事態を引き起こす。その結末は"ハッピー"エンドなのか?それとも…。
「ハネケが"ハッピーエンド"?嘘つくんじゃねぇ!」とあらゆる方向から総ツッコミを受けまくっておりました本作。都合がつかず劇場鑑賞を見送ってしまいましたが、やっとこさレンタルが出ましたので早速観ました。
これはね、めちゃくちゃ面白かった!
ハネケさんもう70超えてんのにこんな映画作っちゃうの⁉︎って、ますます好きになったよね。ほんと、超面白かった。続けて2回観ちゃった(←ハネケ映画あるある)。
でも何が面白いの?って言われると困っちゃうんですよね。BGMも派手な演出もないし、すごい事件が起こるとかどんでん返しがあるとか、そういうタイプの映画でもない。そもそもセリフも少ないし、何かは起きてるんだけど何が起きているのかの説明はされない。なのに画面の中には情報量が多くて、頭の中で処理が追いつかない…観ていて、結構疲れます。でもなんていうか、それがいい。
エヴの父親と再婚した妻が二人の間にできた赤ん坊をエヴが抱っこしているのを見て、なんとも絶妙なタイミングで取り上げるシーンとか、人間同士の複雑な心理がぶつかり合う様は観ていてハラハラしますし、父親が「仕事だ」と言って出た電話に笑顔で話しているのを見て○○に気付くとか、ちょっとした仕草や行動からその人の裏の顔を読み解くのは下手なミステリーよりもよっぽどワクワクする謎解きになります。
わたしは多分こういう映像と映像の"行間を読む"映画が単純に好きなんですよね。だからもし「はぁ?こんなん全然つまんねーわっ!」て人がいたらほんとそれは、すんませんですわ。
以下ちょっとネタバレ。
ハネケ進化系
これは前作『愛、アムール』の正統続編であり(前作で主役を演じたジャン=ルイ・トランティニャンは今作でも同じ役名を演じている)、『ベニーズビデオ』『隠された記憶』の進化系に当たる作品だと思います。そして監督自身も進化している作品です。
本作では、これまでのハネケ作品でも多用されてきた監視カメラやテレビ映像の他に、facebook、Instagramなどと言ったSNSの画像が頻繁に登場し、まさかの素人ユーチューバーまで出てきます(あれ本物なのかな?この映画のために作ったやつなの?すっごいアリソウなやつだったんだけど笑)。
また絶妙なタイミングで登場人物にSIAの「chandelier」を歌わせ(もちろんハネケがこの曲が自殺をほのめかす歌である事を知っていたはず)、その表現方法を見れば、齢76のハネケがそれらの"若者向け"コンテンツを自分のものにしているとわかります。しかもそういうものを「悪しきもの」と描くのでもなく、ごく自然にフラットな感情で出して来ていたことに好感を持ちました。
映画監督の中には老成すると新しい概念やコンテンツを否定したり、どうも懐古趣味的な傾向に走る人もいますが、常にアンテナを張り、若者たちの文化を否定することなく、かつそれを自分なりに解釈していくことって表現者にとってすごく大事なことなんじゃないかなと思います。それが簡単にできている(ように見える)ハネケさん、やっぱかっけーなって思ったよね。
SNSという「メッセージ・イン・ア・ボトル」
まず事前情報として知っておきたいのは、本作について監督は、2006年に日本で起きた「少女母親薬殺未遂事件」からインスピレーションを受けたとインタビューで語っていたこと。(そのアンサーとして映画の重要なシーンで少女エヴに"I★JAPAN"と書かれたTシャツを着せちゃうのが実に「映像作家」ハネケらしい!)
けれどもどうやら、事件そのものより、その少女が「犯行の詳細をブログに綴っていた」ことに興味があったようです。
ミヒャエル・ハネケ、「ハッピーエンド」は日本の事件からインスピレーション受けたと明かす : 映画ニュース - 映画.com
このインタビューで、ハネケは
現代のSNSは、昔の教会が持っていた役割を果たしていると思う
と語っており、彼女が犯行をブログに書いていたのは「教会で人が懺悔するという思いと同じ」と言っているのですよね。宗教で人は救えないという映画、『白いリボン』を撮った人の言葉だと思うと興味深いものがあります。映画を観終わって考えてみると、彼がここで言う"懺悔"は"祈り"の意味に近いものなのかなぁ、と感じました。
インターネットにポストするということと、ノートへの日記や壁への落書きは似ているようで実は全く違います。これは一人のブログ書きとしての意見ですが、解釈として近いのは「メッセージ・イン・ア・ボトル」じゃないのかなと個人的には思っています。つまりそれは、「顔の見えない誰か」に宛てた手紙のようなもの。事件の加害少女や本作のエヴのような子たちがインターネットに綴り続けた言葉は、「誰かに届いて欲しい」という祈りのようなものだったんじゃないかと思うのです。
インターネットに溢れる言葉たちは、どんな言葉も、ワールドワイドウェブという大海原に投げ落とされた"祈り"のボトルメールなのかもしれません。
孫と祖父の対立
もう、とにかく本作でエヴを演じたファンティーヌ・アルドゥアンが本当に素晴らしい。
祖父ジョルジュを演じたジャン=ルイ・トランティニャンとのシーンはどれもピリピリとした緊張感に溢れていて、特に終盤の二人の対決のシーンは心が震えました。女の子相手でも容赦の無い、凄みのあるトランティニャンとそれにまったく引けを取らないファンティーヌちゃんの演技合戦は本作最大の見所だと思います。
85歳の祖父と13歳の孫。この二人は同じ場所に立ちながら、ベクトルが全く違うんですよね。新旧の価値観の対立などという一元化されたものではなく、もっと複雑で根源的なもののように思えます。
それぞれの行為を理由づけるなら、老い故の慈愛と幼さによる残酷さとも言えるし、愛を持つものと持たざる者の結果とも言えるかもしれない。
ジョルジュの告白に心動かされながらも、決して本心は明かさない(というより明かせない)エヴ。それでもジョルジュは、エヴの過去に気付いていたでしょう。ジョルジュが「そういう人間」であるエヴを自分の人生を託す相手に"選んだ"のは、当然のことのように思います。
ラストにはこちらの期待を裏切る(いやむしろ期待通りな?)エヴの行動にゾッとすると同時に、それが実は異常でもなんでもない、誰しもがとっている行動だと気付いて戦慄します。
この底意地の悪さ、本当ハネケ最高だな!!
とりあえず、観た方と語り合いたい!そんな映画でございました。おすすめです。
・余談
本当は「カレーの華麗なる一族」とか「万引き家族ならぬドン引き家族」とかってタイトルにしようとしたんだけど、あんまりにバカげてるからやめた笑笑
作品情報
- 監督 ミヒャエル・ハネケ
- 脚本 ミヒャエル・ハネケ
- 製作年 2017年
- 製作国・地域 フランス,ドイツ,オーストリア
- 原題 HAPPY END
- 出演 イザベル・ユペール、ジャン=ルイ・トランティニャン、マチュー・カソヴィッツ、ファンティーヌ・アルデュアン、フランツ・ロゴフスキ
- 映画『ハッピーエンド』公式サイト