あらすじ
娘をレイプの末に殺されたミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は、いつまでたっても犯人が捕まらないことに業を煮やし、警察の怠惰をなじる看板広告を町外れの道に出す。このことがきっかけで巻き起こる暴力の連鎖が、彼女を、そして彼女を取り巻く人たちを変えていく…。
ゴールデングローブ賞で4部門を受賞し、アカデミー作品賞も有力視される本作。 わたしはあまりそういう賞レースには興味がないのですが、同監督の『セブン・サイコパス』は結構面白かった印象があったのと、『ファーゴ』のフランシス・マクドーマンドの妊婦署長が大好きなので、今回は警察に敵対する母親役ということでね、興味が湧きまして。
事前に観た方の評価も高く、期待値高めで鑑賞したわけですが…。
その期待値もはるかに超える面白さでした!
暴力的で、優しい映画
ブラックユーモアに溢れた話運びと時折見せる過剰な暴力描写、そこに不意に訪れる愛と優しさの人間ドラマ。アウトレイジにラブアクチュアリー、みたいな話でしたよ(多分違う笑…でも監督のマーティン・マクドナーは北野武が大好きらしいから、きっとアウトレイジも意識したと思うよ!)
いやでもほんとにね、ちょっとなんて形容したらいいかわかんない映画でした。すっごく面白かった。
ミルドレッドは暴言は吐くし暴力はふるうし、かなりクソババアなんだけど、彼女のその頑固なしかめ面は世間と戦う鎧なんですよね。彼女の暴力は理不尽な現実に対抗するための唯一の武器なんです。だからこそ、そんな彼女のしかめ面が時々緩んで、弱さを見せるシーンは本当に悲しくて切なくて辛い。子どもを奪われた母親のどうしようもない怒りと苦しみ…そこには自分への怒りと後悔も含まれていると思うと、胸が締め付けられました。フランシス・マクドーマンド、眉間のシワも伊達じゃない。あと、これは完全に持論ですが、花壇の手入れができる人に悪い人はいません。
ツナギとかバンダナとか男っぽい装いがまたカッコよかった…公式サイト映画『スリー・ビルボード』オフィシャルサイト| 20世紀フォックス ホーム エンターテイメントより
役者陣も皆軒並み素晴らしくて、特に前半と後半でガラリと印象の違うキャラクターを演じたサム・ロックウェル、ミルドレッドに思いを寄せる小男のピーター・ディンクレイジ、チャラい若僧と見せかけて…な広告会社社長ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ。どのキャラクターも愛おしくて、わたしは大好きでした。
あとこの映画、中西部のミズーリ州を舞台にしているのですが、田舎郊外にありがちな人種問題は控えめで(一応ギャグとしてネタはある)、黒人はこの映画では善意・良心として存在していたのも印象的でしたね。看板作りの青年なんていかにもいい奴!って感じでね。
それから、軽やかでありながら哀愁漂うカントリーサウンドが悲喜こもごもの人間ドラマにより深みを与えていました。
世の中正しいことばかりじゃない。現実は残酷で、時々みんながこぞって自分を不幸にしようとしてるんじゃないか、なんて被害妄想に陥ってしまうこともある。けれど、ふと見渡せば、誰かが手入れした花壇の花がきれいに咲いていることに気づく…。多分、これはそんな映画なんじゃないかと思います。
空回りする怒りに乗って、善意は届くべきところに届く。きっとわたしたちはそんな世界に生きている。
以下、最後までネタバレしてるよ!
ボタンのかけ違いで起こる暴力連鎖!怒りが怒りを呼ぶ。
「レイプされて殺された」「犯人は捕まらない」「どうしてウィロビー署長?」という三枚立ての看板を道端に出したミルドレッド。テレビで取材されたこともあり、瞬く間に噂は広がって行く。町の住民たちは娘を殺された彼女に同情はしていましたが、流石に広告はやり過ぎだとミルドレッドを非難します。それは住民たちがウィロビー署長(ウッディ・ハレルソン)の死期が迫っていることを知っていたから。ウィロビーは膵臓がんで余命わずかだったのです。
特に怒り心頭に発したのはウィロビーの部下のディクソン(サム・ロックウェル) 。ウィロビーを敬愛している彼は、署長と警察を蔑ろにしたこの広告が許せない。元々差別主義者で粗暴なディクソンは、あらゆる手を使って看板をやめさせようとします。
しかし当のミルドレッドは元夫や神父が止めようとも、看板のせいで息子がいじめられようとも、友人が不当逮捕されようともどこ吹く風。頑なに信念を押し通します。観ているこちらはあれだけ頑固だと逆に清々しくて、むしろ羨ましい。息子をからかったクラスメートに蹴り入れるシーンや歯医者のシーンとかなんて、思わずスカっとしちゃいました。あんな風にわたしも攻撃できたら、きっと気持ちいいだろうなぁ、なんて…(イヤイヤ、暴力反対よ!)。
そんな折、病気を苦にしたウィロビーが拳銃自殺してしまいます。もちろんディクソンは広告が原因だと思い込み、怒りに任せて広告会社に殴り込み。社長のレッドをフルボッコにして二階から投げ落とし大ケガをおわせ、警察をクビになります。
するとその夜、看板が放火され焼け落ちてしまいます。ミルドレッドは警察のせいだと早合点、「目には目を」とでも言わんばかりに警察署に火炎瓶を投げ込みます。署内はあっという間に火の海に。しかしそこには運悪く、ウィロビーの遺書を読みふけるディクソンがいたのです…。
目にはオレンジジュースを、歯にはワインを
ディクソン宛のウィロビーの遺書には「お前はいい警官だ。粗暴さを治す努力をすれば、きっといい刑事になれる。大切なのは、愛だ」とありました。ウィロビーが心の中では自分を認めてくれていたことを知り涙する(もしかしたら彼はウィロビーに恋愛感情に近いものを抱いていたのかもしれません。)
しかーし、そんなしんみりなディクソンをよそにミルドレッドの火炎瓶はがんがん投げ込まれる!火の手が回る!しかーし、ディクソン、イヤホンで音楽聞いてるから気づかなーい!(いや、んなアホな笑)
気付いた時はもはや出口なし。絶体絶命!すると不意にデスクの上の事件調書が目にとまる。それはミルドレッドの娘の事件のものでした。思わずとっさに調書を掴み、懐へしまいこんで火の中へダーイブ!その時ディクソンの頭にあったのは「死にたくない、助かりたい」という気持ちよりも「この調書を燃やしてはいけない」という気持ちの方が強かったはずです。彼の善の心が目覚めた瞬間でした。
大火傷をおいながらも一命をとりとめたディクソン。病院に運ばれると、なんと同室には自分がフルボッコにしたレッドの姿が…。しかし彼は、観客の誰もが予想したであろう行動を取らず、ディクソンへ「優しさ」という男気を見せるのです。…このシーン、思わず下卑た笑いを浮かべてしまった自分が恥ずかしい…。ここ、「心洗われるポイント」ですから見逃さないように!オレンジジュース!!
一方、ディクソンに大ケガをおわせてしまったと知ったミルドレッドは、警察署への放火のアリバイを作ってくれたジェームズとお礼も兼ねて食事をします。その席で、実は看板に火を付けたのが元夫だったことを知ります。けれどミルドレッドは、ジェームズから「しかめ面ばかりして、君は何様のつもりだ?俺のことをどうせ下に見てるんだろ!」(セリフうろ覚え。ちょっと違ったかも)となじられたことで思うところがあったのか、元夫へワインのボトルをお裾分けするのでした。
この映画、前半は直球の暴力描写が続いて、後半はそれを外していくスタイルなんですよ。だからこのオレンジジュースとワインのシーンはいい意味で期待を裏切ってくれましたね。
そして二人は…?
退院したディクソンはバーで「女をレイプして火をつけた」と自慢げに話す男を見かけます(ミルドレッドの店で脅しをかけて来たのと同じ奴)。その手段がミルドレッドの娘の事件と酷似していたために、そいつのDNAを採取するためにわざとちょっかいを出します。車のナンバーも把握し、これで事件は解決か…と思いきや、鑑定の結果は全くの別人。吹聴していた話はどうやら戦場でのことで、娘の事件とは無関係だと判明。
ミルドレッドに事の次第を説明するディクソンでしたが、「犯人じゃなかったけど、そいつがレイプ魔なのは確かだ」と暗に復讐の矛先を向けます。トランクに銃を積みこみ、レイプ魔のいるアイダホへと車を走らせるミルドレッドとディクソン。「3つの看板」を通り過ぎ、車は走り去る…。
こうして、レイプ魔ハンター、ミルドレッド&ディクソンは誕生したのだった…。おしまい。
じゃ・な・い・の!!
ちゃんと続きの会話があってね…
「殺すの、どう思う?」「あんまり乗り気しないね」「私もよ、まぁ道々考えましょ…あ、そうそう、警察署の放火、私だから」「あんた以外にだれがいるんだよ(笑)」「(笑)」
…お前ら、絶対殺しに行かねーなって言うね(笑)。でも、エンドロールが始まると、気がつけばわたしの頬を涙が伝っていました。
観終わってわたしがふと思い出したのはフィリップ・マーロウのあのセリフ。「タフでなければ生きていけない、優しくなければ生きている資格がない」ってやつ。
いや確かにね、わたしは『ヘンゼル&グレーテル』の「復讐に意味はない、だが気は晴れた」みたいな精神性の方がどっちかっていうと好きなんですよ。
だから映画としては、「そしてレイプ魔ハンターが誕生した…」みたいな終わり方でも全然アリなんです。フィクションとしてはそれでもいいでしょ。
でも、きっと、あの二人はそんなことはしない。これはわたしの希望だけど、あの後二人は湖畔でピクニックでもしたんじゃないかと思う。トランクには銃の他に、ミルドレッドが用意した水筒や食料も一緒に入れていたから。その後、ミルドレッドは帰ってきてジェームズに謝って仲直りするだろうし、ディクソンは事件を追って探偵でもやるかも?キョーレツなママに発破をかけられながら…。ていうか、そうであって欲しい。
犯人は見つからないし、世界はわたしたちに優しくない。それでも、日常を生きていく。その道の先に、花は咲くと信じて。
作品情報
- 監督 マーティン・マクドナー
- 製作総指揮 バーゲン・スワンソン、ダーモット・マキヨン、ローズ・ガーネット、デヴィッド・コス、ダニエル・バトセク
- 脚本 マーティン・マクドナー
- 音楽 カーター・バーウェル
- 製作年 2017年
- 製作国・地域 イギリス,アメリカ
- 原題 THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI
- 出演 フランシス・マクドーマンド、ウッディ・ハレルソン、サム・ロックウェル