あらすじ
笑い袋などのパーティグッズを売り歩く二人の男、教え子にセクハラ(?)を働く女性フラメンコ講師、突如現代に現れる18世紀の騎馬隊、傘を忘れて土砂降りに降られるついてない男…。可笑しくも悲しい人間たちの姿を通し、「人類」と「死」を考察する。ロイ・アンダーソンによる「散歩する惑星」、「愛おしき隣人」に続く「リビング・トリロジー」の三作目。
眠くなる=退屈というわけではない!
この監督の前々作「散歩する惑星」はわたしにとって究極の【睡眠誘発映画】でしてね。もう多分ね、上映時間の半分以上は寝てたはずなんですよ(笑)。でもね不思議なことに、記憶としては「面白かった」んですねー。
眠くなる映画=つまらない映画ではないんですよね。眠くなるけど面白い。あくびは出るけど退屈ではない。「心地よい」っていったら言いのかなー。湯船で思わずうとうとしちゃう感じ?
で、次作の「愛おしき隣人」はかなり好きでした。しかもそんなに眠くならなかった。
そんなわけで、今回の「さよなら、人類」は映画そのものより「寝るか?寝ないか?」の方が気になってしまって(笑)。
えーと、結論から言うと、少し寝ました。数分くらい。
でも、面白かったですよおぉ〜!(説得力なし…)
以下ネタバレあり…っていうか全部がネタっていうか、あんまりストーリーはないので、バレるとかそういうのはない。多分。
固定カメラ撮影の妙
本作含め、ロイ・アンダーソン監督の前2作とも、カメラは固定でワンシーンワンカットで撮られています。一つのシーンやシークエンスが終わるまで場面は切り替わらないし、カメラが動くことも、登場人物がアップになることもない。
これって、多分普通にやったらものすごい退屈になりそうなんだけど、画面の中の情報量(という名の突っ込みどころ)が多すぎて、「え、今何が起きてるの?」ってなる。
例えば、メインは真ん中の電話しているおっさんなんだけど、注目しちゃうのはレストランの窓だったり。そこに座っている女がいきなり号泣しはじめるんですよ。
しかもよく見るとその男女ってこの前のエピソードで出てきたセクハラフラメンコ講師とセクハラされてたダンサーなのよね。
他にもバーでセールスマンが話してるシーンではその隅っこでカップルがキスしまくっていたり、急に馬が見切れたり…。
そんな中で、なんの脈略もなく猿が実験されている映像が出てきたりする。
それがかなりショッキングな映像で、いきなりこんなのが出てくるんで気が抜けない(笑)。
淡いというよりどんよりとした色彩
それから気になった点としては、登場人物たちの顔色が灰色がかっていて、そしてだいたい猫背で、みんな不健康そうなところ(中には死ぬ人もいるしね)。
それに合わせてるんだか、室内の壁もだいたい灰色っぽい。彩度は低め、全体的にくすんだ色合いが独特の世界観になじんでいます。そんな色味含め、セットや小道具に並々ならぬこだわりが感じられて、それを観ているだけでも十分楽しめるんですね。
冒頭、剥製のアート(?)を眺める中年のおっさんが映されるファーストカットからもうにやにやしちゃう。
ラスト近くの謎のオブジェには度肝を抜かれます。
これはセールスマン、ヨナタンの夢のワンシーンという設定。中には囚われた黒人たちが入っているという恐ろしい装置。でもこれが一体何であるのかは全くもって不明…それがまた怖い(笑)。
そんな感じで、ストーリーを追うのではなく、まるで美術館や博物館の展示物を見ているような感覚で観賞するのが正しい見方なのかも?「このシーンはどんな意味が?」「このセリフで何が言いたいのか?」なんて考えずに。
まさに、「考えるな!感じろ!」映画ですね。
ぬるま湯につかる気分でどうぞ!
とはいえ「ストーリーはない」なんて前述しちゃいましたが、個々のエピソードには絶妙な笑いどころもあります。まず、一応の主役であるセールスマンのサムとヨナタンからしてもうおかしい。
そもそも面白グッズ(と訳されていたけど、いわゆるパーティグッズだよね)を売り歩くってのが意味わかんないよね。
そんな二人の行く先々では市井の人々が悲哀とおかしみに満ちた日常を送っているのであった…。
サムが髪を切ろうと出向いた床屋では、理容師がいきなり「以前は船長だったが船酔いするので辞めました。うまくできるかわかりませんが頑張ります」と要らぬカミングアウト。
傘をなくした男はずぶ濡れになりながら、「土砂降りの中講演会に行ったら中止になっていたんだ、当然ながら」と、今日1日の不運の顛末をとうとうと語りだす。
迷い込んだバーではタイムスリップ(?)してきた18世紀の国王(実はゲイらしく、バーの店員に一目惚れしたりする)と騎馬隊に遭遇する…。
「え?なんなのそれ?」といろいろ突っ込みたくなりながらも、思わず吹き出しちゃうようなシチュエーションが続きます。
ヨナタンとサムはといえば、グッズは全く売れないし、借金の取り立てが現れてもお金はない。しかもヨナタンは泣き虫で暗い…。そんなヨナタンにサムは「もうお前にはウンザリだ!」と仲違い。
でもやっぱり「独りは嫌だ」と言って結局仲直りして映画は終わります…。なんなんだよおっさんたち!イチャついてんのか(笑)。
それから、電話をしている登場人物が必ず口にする「元気そうでなにより」、雨降り男が繰り返す「当然だが」、サムがパーティグッズを紹介する時の一連の文句「とっておきの新商品…歯抜けオヤジだ」など、重複セリフが多いのも特徴。同じことを繰り返すことが笑いを生むというのは、お笑いの基本みたいなところなんですかね。
この映画のニッチすぎるこだわりは、人によって「退屈」「つまらない」と感じるかもしれません。万人受けするようなエンタメ性は皆無なので、誰にでもおすすめできる映画ではないです。でも、わたしは好みでしたよ!
ぬるま湯で半身浴しているような、ほわーんとした心地よさに浸れますよ〜。
なんか調べたら原題の意味が、「実存を省みる枝の上の鳩」らしいんだけど…なんだそれ?
三部作BOXが出ているとは知らなかった…。装丁やラベルがかわいい。
なんとなく連想した映画。全然趣は違うんだけどね、多分これ好きな人は気に入るんじゃないかなー?
作品情報
- 監督 ロイ・アンダーソン
- 脚本 ロイ・アンダーソン
- 原題 EN DUVA SATT PA EN GREN OCH FUNDERADE PA TILLVARON/A PIGEON SAT ON A BRANCH REFLECTING ON EXISTENCE
- 別題 実存を省みる枝の上の鳩
- 製作年 2014年
- 製作国 スウェーデン、ノルウェー、フランス、ドイツ
- 出演 ニルス・ヴェストブロム、ホルゲル・アンデション