あらすじ
妻と離婚し故郷へ戻ってきたルーカス(マッツ・ミケルセン)は、デンマークの小さな町で幼稚園の教師として働いている。子どもたちからも人気者だ。
ある日、親友の娘で仲の良い園児のクララからキスをされたルーカスは、彼女のかわいらしい好意を受け入れつつも「キスは口にはしないように」と諭す。しかしその言葉に拒絶されたと感じたクララは、園長に対し「ルーカスにいたずらされた」とも取れる発言をしてしまう。ルーカスは無実を訴えるが、クララの言葉を歪曲して解釈した町の大人たちが彼を信じることはない。ついにルーカスは、複数の子どもたちに性的虐待を行っていたとされ、警察に逮捕されてしまう…。
めちゃくちゃ怖い映画でした…。
いや、何が怖いって「冤罪で逮捕されること」じゃなくて、「誰も自分を信用してくれない」というのがすごく怖い。村八分。孤立無援。四面楚歌。
後味も悪くて観終わった後は気分もどんより。人間不振に陥ること間違いなし。
でも、観る価値のある映画だと思います。おすすめです。
監督は『セレブレーション』『光のほうへ』のトマス・ヴィンターベア。「ドグマ95」派らしい実直な映像作りが印象的でした。特に終盤の教会のシーンは、マッツの演技も相まって非常に美しく、それでいて息のつまるシーンになっておりました。
以下ネタバレ。
永遠に剥がれない「レッテル」
一度貼られた冤罪のレッテルは、永久に外れることはない。例え名実ともに無実が証明されたとしても…。おそらく、本作はそういう映画なんだろうと思いました。
あらすじの続きから言うと、結局子どもたちの発言には辻褄が合わないことがわかり、ルーカスは釈放されます。しかし、ここからが本当の悪夢の始まりなんです。
無実が認められても、町の人たちはルーカスを信じない。食料品店では店員から殴られて追い出され、家には投石され、飼い犬は何者かに殺されます。
結局のところ我々は、事実かどうかよりも、その人間が信用できるかどうかで判断しているんですよね。特にその人間についてよく知らない場合、貼られた悪しきレッテルがそのままその人の印象とイコールになってしまう…。
一歩間違えればわたしたちは、ルーカスの立場にも映画の町の人たちの立場にもなり得るということ。
ルーカスはずっと地元で暮らしてきた人物ではないんですね。一度外へ出て、戻って来た、という設定。「よそ者」でもないけど、「身内」と呼べるほどの距離でもない。もしかしたら、彼がずっとこの町の住民だったらこんなことにはならなかったのかもしれません…。
子どもを「嘘つきにする」大人たち
クララの「嘘」によって、ルーカスの人生は悲惨なことになりました。
けれどわたしがもっと心配したのは、むしろ「嘘をついた(とされる)」クララ(そして彼女の嘘に便乗した複数の子どもたち)の方でした。
「子どもは嘘をつかない」
それはある意味で真実です。でも、ここでいう「嘘」は、大人の社会で言うところの「嘘」、つまり事実ではないという意味ではありません。
もしその意味で「子どもは"嘘"をつかない」なんて本気で言ってる教師がいたとしたら、そいつは教育者失格です。
想像だったり、願望だったり、もしくは何の意味もなく、子どもは事実とは言えないことを口にします。悪意がある場合もありますが、たいていはそうでないことがほとんどです。でもそれは、彼らにとって「"嘘"ではない」。つまり、それを大人の社会の文脈と同義にしてはいけないということです。
クララには明確な悪意はなかったのでしょう。ただ、なんとなく、意味なんてわからずに、口にした言葉。それは彼女にとっては「嘘ではない」んです。
だからそこに罪を認めることはできない。
もし大人たちが彼女をよく見てあげていれば、その言葉の「嘘」=真意に気づけたはずです。本来ならそれができたはずだったし、するべきだった。なのに誰も、クララのことなんて見ていなかったんです。両親でさえ。唯一、彼女を理解してあげていたのは他ならぬルーカスでした。
実は一番苦しんでいたのは、クララの方だったのではないでしょうか。
終盤、やっとクララの両親にも、ルーカスが無実で何もしていなかったことをわかってもらうことができます。町民たちも、表面上はルーカスを受け入れます。ルーカスとクララの間に、和解のようなシーンもあり、結果として、ルーカスの誤解が解けたことでクララも救われたのかもしれません。
けれど、一度口にした「嘘」を、取り消すことはできません。ましてそれで誰かが傷ついた場合には。
彼女は最初、「嘘をついた」わけではなかった。それなのに大人たちが、彼女を「嘘つき」にしたんです。
「自分のせいで大切な人が傷ついてしまった…」
そんな罪の意識を、まだまだ幼い子に背負わせてしまうなんて、なんて罪深いことなのだろう。どうかこの先、クララが苦しむようなことのないように誰かにそばに寄り添っていてあげて欲しい…と思わず願わずにいはいられませんでした。
姿の見えない偽善者たち
ラストシーン、ルーカスは狩猟仲間との狩りの最中、何者かに背後から発砲されます。弾丸はすぐそばの木をかすめただけでしたが、それは明らかにルーカスを狙ったものでした。
映画の中で、投石や犬殺しの犯人は最後まで明らかになることはありません。それはどういうことかと言うと、人をレッテルでしか判断しない「顔の見えない偽善者たち」は今も町の中に、この世界のどこかに生き続けているということ…
この不気味さは昨今のネット社会に通じるものを感じます。ちなみに本作の英題は『THE HUNT』「狩り」。
「偽りなき者」はこれからも受難の日々を送ることになるでしょう。人を「レッテル」で判断して"狩り"続ける「名もなき偽善者たち」がいるかぎり…
とにかくマッツが素晴らしい!!
と、いろいろ真面目なことを書いてしまいましたが、最後に一つだけ。
とにかく!
マッツ・ミケルセンが!
いい男過ぎる!!!
はいもう、これに尽きます。
「北欧の至宝」とも呼ばれているマッツ。元ダンサーらしく、動きはしなやか、着衣のままでもわかる肉体美はぁ〜ほれぼれ。
笑顔のマッツ、おろおろ戸惑うマッツ、怒るマッツ、ボコるマッツ、ボコられるマッツ、子どもと戯れるマッツ、女と戯れるマッツ。いろんなマッツが見られるからお得だよ!マッツフルコンボ。マッツ全部のせ。あぁ~!あと、メガネマッツも!!マッツメガ盛り。
いやでもほんと冗談抜きに、怒りに震えながら目には悲しみをたたえ、ひたすら耐える演技は本当に素晴らしかった!拍手!!
こちらの西部劇のマッツもヤバカッコいい。
作品情報
- 監督 トマス・ヴィンターベア
- 脚本 トマス・ヴィンターベア、トビアス・リンホルム
- 音楽 ニコライ・イーグルンド
- 製作年 2012年
- 製作国・地域 デンマーク
- 原題 JAGTEN/THE HUNT
- 出演 マッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラ-セン、アニカ・ヴィタコプ、ラセ・フォーゲルストラム